きょてんぱなきぶん
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
少し前のことになる。とある小さな離島にある町からの依頼で小さな竜を払った。
その島には、その小さな竜が一匹いるだけで、払ったといっても、竜は海が囲む島の外へまでは行かないので、ただ町の中から、遠ざけただけのことになる。
そして、後日、離島から海を渡った大陸の町で、そのとき、依頼もとであった町の代表である女性と偶然に出会った。
彼女、ネリーは島に一軒だけある仕立屋で、島民の服のすべてをひとりで仕立ててる。彼女のつくる服は、どれも華やかで、それはすなわち、島民のすべてが、華やかな服装という状況を完成させるにいたっていた。
「あら、あなた!」
町で声をかけられた。
彼女は、四十代前後で、太陽の力をひめているかのごとく、明るく、笑顔が素晴らしいひとである。手荷物に布を抱えている様子を見る限り、仕立ての仕事に使うための、材料の買い出しのようだった。
「こんにちは、ネリーさん」
「ヨルさん、こんにちは」
明るく、あいさつを返し、彼女は笑った。
「あ、そうそう、ヨルさん」ネリーは笑顔のまま聞いて来る。「あなた、もしかして、家がない」
家なしかい。
という、なかなか、他者からされない問いかけだった。けれど、実際、おれは旅暮らしである。宿暮らしである。家はないので「はい、まあ」と返事をした。
「だったらさ! うちの島に、いい空き家があるよ!」
「家、ですか」
「うん、うちの島にね、あるの。長い間、ずっと空き家になってるの。それでね、あなた、どうかなー、ヨルさん、あなたに。このまえ、島のみんなで話題にあがったの、あなたに、どうかなって。いえ、ずっと住んで、島にいて、ってことじゃないの、ただ、ずっとあの家は空いてるし、あなたは遠くから来て、ときどき帰れる場所もないみたいだし、もし、あなたが休める場所になれば、って。それに、みんな、あなたなら安く貸すって」
そういって、彼女が提示した家賃はかなりの破格だった。安宿に一週間泊まるより、遥かに安い。
「それにね、家は人が住んでないと、すぐだめになるのよね、んーどうしてだろうね。あ、わかった、家も人がいなきゃ、ゆだんして、だらけるじゃないかしら」と、独創的な見解で、独走するようにいって、彼女は「お、ごめんなさい、わたし、次があるから、気が向いたら、島に来て、じゃー」と、しゃべって行ってしまった。
島に、家を借りる。
しかも、安価で。
その話を持ち掛けられたおれは、それから数日の間、その案について考えていた。
いま、この大陸へは、竜についての調査のために来ている。ただし、ネリーが提案した空き家は離島である。いや、けれど、離島とはいっても、海を挟んで、この大陸とはほとんど、距離はない。
だんだん、活動拠点を構えるのはわるくない気がしてきた。そして、一度、そう思いはじめると、試してみる価値があるような気分になってきた。
それで、ある日、おれは船にのって、ふたたび、ネリーの住む離島へ渡った。島民は相変わらず、ネリーがつくった色鮮やかで、華やかな服を着ている。おれへも、服装同様、あかるいあいさつをしてくれた。
ネリーが島で営む仕立屋の店を訊ねると、彼女出迎えた。「まあまあ、ヨルさん、ようこそ、いらっしゃい!」と、今日も明るくあいさつをしてきた。
さっそく、彼女へ、この前の空き家について訊ねた。内見をしてみたいと。
「ええ、大歓迎!」そういって、彼女は「地図を描くね、っていっても、地図なんか必要ないかも、でも、念のため描くから待ってて。ああ、鍵はかかってないから、行って、好きに中を見て」と、そういって、地図を描いてくれた。
小さな島である。道もほとんどない、受け取った地図も単純明快だった。
その家は島にあるこの町とは反対側にあるようだった。地図にしたがい、道なりに歩く。町から離れると、石詰め道が、土の道になった。
風に吹かれながら、起伏ある草原の中の道を進むと、やがて、島の反対側に、ぽつんと建っている家が見えてきた。家の背後は崖になっていて、その向こうは海である。一階建てで、町中のような白壁の家ではない。平屋だがけっこう大きい。壁はしっかりと石を積みで出来ている。きっと、立地的に海風に吹きさらしになるため、いくぶんか強固につくられているようだった。
家の前に立つ。近くで見ると、かなり年季が入っていることがわかった。簡素な建築方法により建てられている。それでも、つくりはしっかりしているようで、安定感を感じた。多少の嵐でも、壊れそうにない。
木の扉も頑丈そうである。鍵はかかっていないと言われた。
近づいて扉の前に立つ。
とたん、感じた。
そして扉を開けると中に竜がいた。
小さな竜が椅子の上にいる。見覚えがある。
以前、おれがこの島で払った竜である。身体は小さいし、煙突からでも入ったのだろう。
竜はこちらを見返していた。
まえに、この島を訪れたとき、おれが払った竜だった。払った後、町の反対側にある、この家へ逃げ込んだのか。
そこから考える。たとえば、かりに、この部屋の中の小さな竜を払ったとしても、小さな島である。あの竜は、ここから反対側の町へ行く可能性がある。
だと、するとだ。
おれは息をゆっくり吸って吐いた。そして「そうか」と、つぶやいて扉をそっと閉める。
人間として、ここの家賃は、払える。
けれど、竜払いとしては、払えない。
というわけさ。
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