まあいいかのきじゅんちとは
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
竜は、ふつうの武器で攻撃すると、怒る。
ふつうの武器とは、たとえば、鉄の剣とかである。人が人を攻撃するためにつくった武器で、えい、と竜を攻撃した場合、とたん、竜は怒って、狂って、仲間を呼んで。群れになって、口から吐く炎で無差別に町を焼いてしまう。
けれど、竜は、竜の骨で出来た武器で攻撃すると、怒るは怒るけど、少ししか起こらないし、狂わない。仲間を呼ばない。そして、竜の骨で出来た武器で、わずかにでも損傷を与えると、ただ飛んで空へ還ってゆく。
で、ここで重要になるのは、竜の骨で出来た武器のはなしになる。
竜は倒すことは難しい、お金もかかる。倒さず、払うことも、とうぜん、生命は掛かっている。けれど、竜が現れたその場所を、竜から人へと解放する難易度は下がる。ただし、話は戻って、竜を狂わさず払うためには竜の骨がいる。
竜の骨はとうぜん、竜を倒さないと手に入らない。
ゆえに、竜払いが竜を払うときに使う竜の骨で出来た武器は、貴重なものである。
もし、失えば、骨を手に入れるため竜を倒す必要がある。竜を倒すことには、多大な犠牲を払うことになる。
と、いうわけで、竜払いは、竜の骨で出来た武器を大事にしている。
この大陸の竜払いの多数は、竜を払うとき、竜の骨で出来た大きなかなづちみたいな戦鎚を使う。おれのように、竜の骨で出来た剣を使う者は見かけない。
竜の骨で出来た武器は、攻撃部分が白い、おれの剣も剣身は白い。そして、おれの剣は特別に、刃を入れていないので、竜も、竜以外のなにも斬れない。
で、とにかく、竜の骨は貴重である。竜の骨で出来た剣も貴重である。
なので、手入れは大事だった。かかしてはならない。生命を預ける存在でもあるし、常に、最大値の状態に保つ必要がある。
そして、おれはその問題で行き詰まっていた。
いまがいるこの大陸で、おれは、竜払いの武器を専門に扱う職人を知らない。いや、正確には、竜払いの使う剣を扱う職人を死なない。戦鎚を扱う店は、何度か見かけたことはあるが。
この大陸では、剣を使う竜払いがほとんどいない。なので、需要が少ないせいか、竜払い用の剣を扱う場所がないのか。
以前いた大陸では、腕のいい職人を知っていた。けれど、ここでは知らない。
いま持っている剣が折れたわけではない。けれど、剣の状態の診断は定期的にすべきだった。
こまった、どこかに、いないものか。腕のいい職人が。
と、日々探しながらこの大陸を巡っていたあるとき、竜払い用の剣を扱い、しかも、優秀だという職人の話を耳にした。そこで、さっそく、その職人のもとへ向かった。
職人の家は、とある町の西側にあった。林で囲われており、透明な小川が流れるそばにあった。扉を叩くと、まず、半分だけ開けられた。その隙間から、子どもが顔を出してくる。
憮然とした表情である。
十歳くらいの少年。
いや、少女。
いいや、大人だった。きっと、二十歳は越えている。
小柄な女性が出迎えた。初回から提示している、その憮然とした表情を崩さないまま、おれを見る。
まるで、これは食べられるものか、食べられないものか、を探っているみたいな調査時間だった。無の時間である。小川の流れる音が、よく聞こえた。
やがて、女性は扉をすべて開けた。半そでの灰色の作業着姿だった。小柄だが、腕の筋肉はかなりついている。
扉はあいた。けれど、まだ憮然とした表情である。
けれど、ようやく理解した。彼女は、素が、憮然とした表情の顔立ちらしい。
「あの、ヨルと申します」
さぐりさぐり、あいさつをすると、彼女は「まいど」と、小さくいった。「ほいで」
「竜払いが使う剣を、ここで手入れしていただけるとうかがいました」
「ほう」と、彼女はいって「そう、うかがって、こうして、うががってきたってわけね」
「ええ、まあ」
「ようこそ、のこのこと来たってわけね」
不機嫌なのかどうか、わかりにくい人だった。
「わるいね、いきなり来る客は相手にできないよ」彼女がそう宣言した。「信用できないね」
まあそうか。そういう心理はあるか。
困るが、納得は出来た。
「わたしの名前を知りたいかい」そして、急にそう訊ねて来た。さらに、こちらが答えるまえに「ポポロロ、っていうのさ」と、名乗って来た。
独特の間合いの展開に、茫然としていると、彼女、ポポロロは笑った。
「その反応でいい。第一の試練は合格だよ」
第一の試練。
あったのか、そんな設定が。
あと、彼女の名前は、ここに来る前に聞いて知っていた。ゆえに、驚きなどはない。けれど、その件については黙っておこう。
「で、第二の試練を知ってるかい」
知るはずがない。試練の設定は、三秒前に知ったばかりである。
けれど、ここは泳がそう。
「あんた、ヨブ、っていったっけ」
「ヨルです」
「あんたが本物のー、剣の使いの竜払いなら、そこで素振りして見せて」
ここで素振り。
彼女が視線で示した先を見る。庭の中央あたりだった。
「わかりました」
承諾して、おれは彼女から離れ、庭の真ん中に立つ。周囲には、色とりどりの花が咲いていた。
剣を背中の鞘から抜く。白い剣身を立てる。
ここに竜がいると考え、剣をまっすぐに振った。
「よし!」と、ポポロロが声をあげた。「いいねえ!」
どうやら、彼女のなかで、手ごたえがある振りができたようだった。
けれど、彼女は「じゃあ、次!」と叫ぶ。
つぎ、ってなんだ。
「今度は、横から竜が来る感じで! 横から来るのを、えい、一撃する感じで振って!」
場面を設定してくる。そこで、おれはその設定にしがたって、身をひくくして、斜め加重移動させながら剣を振った。
「おおおう! よよしいい! つ、つぎ、つぎは後ろから! うしろから竜が来た、はいっ!」
言葉を受け、おれは振り返りつつ、剣を振る。
「よ、よしおおおおし! つぎぃ! つ、つ、つぎはぁ! う、上だ! 上から、竜が、ごわああああ、って、口をあけて、がぶ! がぶって、来そうなところを、え、え、ええっと、せいやああ、って! せいやああああああ! で、で、で、ちゅっとだけ、噛まれて、か、肩ね! 肩とかを、ちょ、ちょっと、やられて、倒れるの! そう、たたた、倒れて! で、う、うめき、でも、竜を見据えて、で、でで! ともだち! そ、そう、かつてのともだちのこととか思い出すの! あ、あいつ、あいつとの、や、やくそく! やくそくがああ、っとか! でえええそれでねえええ、師匠の声もきこえるのううううう! そしてそしてえええ! お母さんのおお!」
「どうした」
発狂に近い興奮するポポロロに、おれは問いかけた。
「総合的にどうした」
さらに問いかける、すると彼女は言った。
「すべて合格!」
とうとつに、合格の基準値が不明の合格を与えてきた。
おれは少し時間をあけてから「そうですか」といった。
きっと、彼女自身が、文明を持つ生命体としては、何か大事な基準値を越えている気がする。
いや、そういう人が、案外いい仕事をする。
と、いいな。
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