そういうひ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 ちいさな風に揺れる麦たちの育ちは、まもなく後期にさしかかっている。

 まだ青い麦畑を左右に分かつ道を行き、実り前の景色を眺めながら依頼人の元へと向かう。依頼主は農家の女性だった。

 午前中のうちに現場へ到着し、納屋にいる牛たちを横目に依頼人の家の戸を叩く、出迎えたのは同い歳くらいの女性だった。おれより、ひとまわり身体が大きく、腕まくりしていた。

「こんにちは」

 挨拶すると、彼女は明るく「やあ」と返してくる。

 右の手には、頑丈そうな金色の腕輪をしている。表面はかなり傷だらけだった。

「あの、ヨルといいます。竜を払い」

「うん、待ってたよ!」

 出迎えたときと、同じ勢いの明さのまま、彼女がそういった。

「それで、竜はあっちですかね」

「そう、あっちだね、うちの麦畑にいるよ」と彼女はいった。「わたしを三倍に大きくしたくらいかな」

 そう表現され、つい、彼女を見上げてしまう。視線を向けられると、彼女は口を閉めたまま、逆の半月をつくり笑ってみせた。

 そして、おれが「では、竜を」と言ったときだった。

「待った」

 とたん、彼女はおれの行動を抑止すると、慌ただしく動き、家のなかへ引っ込む。そして、すぐに戻って来た。

「じゃ、よろしくね」

 そして、両手で手渡してくる。流れで、つい、受け取ってしまう。

 ふわふわとやわらかい。

 生後どれくらいだろうか。赤子だった。

 流れのまま、おれは赤子を腕に抱いていた。重いような軽いような、温かい、とりあえず、眠っている。

 なぜ、赤子を。

 どこから聞いた方がいいのかわからず、少し、考え方を変えてこう聞いた。

「男の子、ですか?」

「女の子」

 彼女は家のなかでがさこそしながら明るく答え返してくる。よかった、性別を外したことに、気分を害した様子はない。

 安堵したころ、おれのまえへ戻って来た。

 その手には斧を持っていた、刃は白い。

 一瞬でわかった、その刃は竜の骨で出来ている。

「わたしさ、ここに嫁ぐ前は竜払いでね」彼女はそう教えて来た。「でも、だいぶやってないし、感覚を思い出したい。で、わるいんだけど、わたしが竜を払ってくるから、ヨルさん、代わりにこの子を見てて」

 あっさりという。

 予想外のことを頼まれ、うまく反応できずにいた。

「いや、急に、わたしのような、その、見知らぬ人間に、大事なお嬢さんを子どもを預けるというのは」

 自分で自分をあやしげな人物である、といっているような状態に、やや寂しさを感じつつ伝える。

 けれど、彼女は笑んだままだった。

「ヨルさん、あなたは協会の依頼を受けてここへ来た竜払いでしょ。協会の人間だって、竜払いだったわたしの依頼だってわかってて、あなたを選んで送りこんだはず、だったら、あなたは信じれる人よ」

 あっさりとそう返してくる。屈託がない。

「それにあなたが、どんな竜払いかは見ればわかる、たとえば、その剣とかの、手入れ具合とかでね」

 わざとおおげさに、片目だけつぶってみせてくる。

「ごめんね、どうしても、わたしはいまの自分の力を確認してみたい。だって、おあつらえ向き、うちの畑に竜が来てるし。でも、旦那は、今日は用事でいなくて、この子を見てくれる人がいなくて、でも、いまはあなたがいる、ヨルさんが」

「ですが」

「この子の、おむつもさっき替えたし、ごはんもたいじょうぶ、おなかいっぱいで寝てるから、この子、この時間はいつもぐっすりなの、わたしに似たのね。わたしもすぐに仕上げて帰って来るし。今日は涼しいし、家も中でも、外でも好きなところで待ってて」

 てきぱきといって、斧を背中の帯に差し込むと、おれの腕から赤子をとると、籠のなかに彼女をおさめた。

 彼女は竜払いの能力に関しては、かなり自信があるようだった。正直、根拠はないけど、彼女は、実際に有能そうだった。

「この籠の入れて、そのまま寝かせておいて」

 考察していると、彼女は両手で籠を持ち上げる。流れで籠を受け取ってしまった。

「じゃ!」

 すでに彼女は彼方へいて、手をあげる。

 そのまま現場へと向かって行った。

 優れた勢いといえた。完全に制圧された。

 ため息を吐きかけて、ふと、視線を感じた。見ると籠のなかで寝ていた赤子が目をあけて、こちらをじっと見ている。

 眠っていない、話がいきなりちがう。完全に困惑して、動けなくなった。じっと見られている。

 そこでとりあえず「おれはヨル」と名乗った。それから、あわてて継ぎ足しに「あと、そうだな。母親の名前は、アサっていうんだ。いや、もういないんだけどな」といった。

 赤子はとくに反応をしなかった。それを、ふしぎとずっと見ていられた。

 けっきょく、そのまま子守の手ごたえもなく、時が経つ。籠のなか彼女は、得体の知れない人間を、泣きもせず、じっと見続けていた。ふと、さぐりさぐりに、籠をわずかに左右へ揺らすと笑ってくれた。

 まもなく、空を竜が飛んでゆく姿が見えた。聞いていたより、大きな竜だった。彼女の母親がみごと払ったらしい。

 おれは籠をゆっくり左右に揺すりながら飛んで行く竜を見上げながら「幸せになれよ」と、つぶやいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る