ざするものたち

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 かなりきつい依頼だった。竜は聞いていたより遥かにに、大きく猛っていた。人が不用意に関わったことが起因していそうだった。

 苦戦の末、払った後、依頼主へ報告に行くと、そのまま邸宅へ招かれた。出迎えた使用人の話では、屋敷の主人は依頼のお礼とともに、竜払いと、懇親を深めたいという言い方をされた。

 懇親という言い方が気にはなかった。けれど、まだ、陽も明るいし、礼儀を考え、依頼人に挨拶だけして引き上げることにした。

 依頼人の邸宅は見事なものだった。格式あるつくりで、大きく広く、圧倒される。もはや、彫刻のような完成度があった。

 屋敷を包むように広がった美しい庭園を維持するために、幾人もの庭師も雇われているようだった。かなりの維持費だろうと、つい、邪推が走る。だが、屋敷になかに入ると、ふしぎと内部には調度品の類が飾れていない。

 使用人に案内され、長い廊下を歩くときも、その種の飾りはみられなかった。けれど、閑散としている印象はなかった。むしろ、あえて、その種の存在を排除した意志を感じる。

 案内され、通されたのは談話室だった。

 一人がけの上質なつくりの椅子が数脚あり、それらを中心にするように、数人掛けが設置してある。

 そこに五人の男たちがいた。みな、背広を着ている。

 立ち上がったのが、屋敷の店主で依頼人の男だった。

 おれより、十歳ほど、年齢は上とみえる。ただ、見方によっては、青年期に見える。

「ようこそ、ヨルさん」

 依頼前に当人には会っていない。にもかかわらず、名を呼ばれる。

 男は笑顔だった。けれど、屋敷に似せて彫刻で掘ったような、見事に肉感のないない笑顔だった。

「依頼、ありがとうございました」依頼人はそういった。

 他の四人の男たちも、依頼人と同じような年代だった。みな、似たような背広を着ている。

「わたし、ルーファスと申します」

 依頼人が名乗る。相手はすでにこちらの名前を知っていた。

「ヨルと言います」と、あらためて名乗っておく。

 すると、ルーファスはまた、あの白い紙に黒で描いたような肉感のない笑みを浮かべ、ふたたび腰をおろす。「どうぞ、楽にして」と、表面上は距離感の近しい口調で、着席をうながす。

 見たところ、おれの座るべき椅子は決まっているようだった。背中から剣を外し、そこへ座る。

 他の四人の視線は、さまざまだった。微笑んでいる者、険しい者、無表情でいる者、憂いある者。

 背広で統一され、ひどく奇妙な言い方になるが、五人ともまるで別の星に生まれた人間のような気配がある。今日まで土を触ったことのない感じもある。

 率いているのはルーファスだった。けれど、五人に大きな優劣はなさそうだった。

「さきほどの貴方の仕事を見させていただきました。竜を払うところ」

 ルーファスがそういったか。

 見られていたのか、気づいていなかった。払うのに、必死だったのもある。ひとりで払うにはかなり難しい大きさの竜だった。依頼の振り分けに不備があった可能性も考えざるを得ないほど。

「素晴らしい仕事でした。優秀なんですね、ヨルさんは」

 ルーファスが話していると、六人の女中が飲み物を持ってくる。酒だった。主へ最初に、それから合わせたようにほぼ同時に四人へわたす。最後のひとつをおれに手渡してくる。

 顔を左右へ振って断る。「ありがとう」とだけ伝えた。女中は何も反応せず、引き上げていった。

「貴方は、竜をどう思いますか」

 不意に、遊びのない問をしてきた。

 見返し、少し間をあけてから答えた。

「竜は、ただ竜であるだけです」

「くは」と、ルーファスはたまらずという感じでふいた。

 他の四人のうち、険しい者だけが、苦笑した。

「失敬」とルーファスは謝り、けれど「おもしろい」といった。

 何かを試さているのはわかる。だが、何かは見えてこない。そして、居心地は、よくはない。

「本題をやろう」ルーファスがひじ掛けに手をかけながらいった。「打ち解けるのは、その後でもいい」

 他の四人を見ると、似たようなものだった。ひどい表現になるが、いざとなるまでもなく、なんでも買えるのさ、みたいな様子だった。

「我々は貴方を雇いたい」

「おれを」

「ええ」ルーファスは目を合わせず、うなずいた。それから、地面を指さす。「我々は、この大陸に工場を作りたい、大規模のね」

 脈絡なく、その話をはじめる。

 完全に仕掛け来ていた。

「ご存じでしょうし、貴方にこんな話をする意味はないでしょうが、竜は機械化された工場を嫌う。どうも、工場の煙が嫌いらしい」

 煙がきらい、とは、かなりぼかした表現だった。実際は、機械化された工場から放たれる有毒物質を含む煙のことだろう。それを竜はひどく嫌う。

 竜は竜の骨以外でき武器以外で攻撃すると、たちまち群れを呼び、人を無差別に焼く。そして、有毒物質を含むような産業廃棄物にも竜は反応する。それを竜の生息意で発生させると、竜は攻撃されていると判断し、やはり、群れとなって人間の世界を炎で焼く。

 そして、すくなくともこの大陸に生きる竜たちは、この大陸すべてを自分たちの生息域として認識している。つまりところ、この大陸内のどこでも、有毒物質を放ちかねない、機械化工場を作ることは難しいし、人間はしないで来た。

 それに歴史のなかでは、何度か、人はそれで竜たちに焼かれた。体験こそしていないが、誰だって知っている。

 ゆえに、人間の世界の発展を阻んでいると、そう思っている者は、いくらでもいる。

 そして、これが竜のいるこの世界の基礎となる仕組みだった。人間の世界に竜がいるのではなく、竜の世界に人がいる。

 やはり、とうぜん、そう考えない人たちもいるが。

「我々は工場を増やしたい」と、ルーファスがいった。

 この大陸で機械化工場をつくるのは困難だった。だが、人が機械化工場を持つ方法はある、零ではない。

「いま、我々は、この大陸近海にある、それぞれ五つ島で製造を続けている」ルーファスがそういった。さらに「生産主義さ、物が増えれば、人類を幸せになる」と言った。

 竜が不在の島、そこになら、機械化工場をつくり、生産をすることは出来る。なにしろ、竜は泳げないので、海が嫌いだった。海に落ちたら決して浮き上がれない。それゆえ、危険を冒して海を飛んで渡ることをしない。

 だから、竜のいない島に、工場を建てる。人間が唯一、この世界で工場を持てる方法がそれだった。

「でもね」と、ルーファスは奇妙な感じで距離を詰めるようにいった。「どこも位置が悪い、輸送費もかかる。島で工場を維持するための物資の供給も。それに、人件費も高くつく」

「馬鹿らしくなるほどね」と、憂いある者がいった。そして、彼はそのまま黙った。

 ルーファスは視線を送り、苦笑して、視線をこちらへ戻した。

「もっといい場所に、工場を作りたい。小さな島では難しい、大きな工場をだ。この大陸ないにあれば、輸送費も、人件費も格段にさがる。広い面積を持てば、生産数もあがる、管理もしやすい」

 表面上は淡々している。ただ、話すルーファスの感情が静かに高まっているのがわかった。彼は、皮膚の表面こそ冷静を保っているが、内部では興奮している、猛っている。それはきっと、狂いにも似たものだった。

 ふと、無表情でいる者がいった。「これは人の夢の計画だ。竜から、人の手に世界を引き寄せるため、はじまりの計画だ」

 その発言を引き継ぐようにルーファスは前のめりになる。「優秀な竜払いたちが必要になる。大量の、竜払いがね」

 おれはルーファスを見返す。

 こちらの視線の種類には無関係に、彼は続ける。

「貴方は竜にだけでなはなく、人と戦う能力もあるようだし、それに崩れゆく城からも生きて出てきた」

 彼らそれらも知っている。

 いつ、どこからおれのこと見ていたんだ。わからず、そして、その事実は、なかなかの衝撃だった。

 とうぜん、余裕は向こうにある。たのしんでいる。こちらとは手札の数が、大きく、それに質の濃さも違う。

「我々は、この大陸の内部に工場を作ります。あの小さな島ではなく、この大陸にです。人間の世界の心臓となるような工場を、そして、君たち竜払いには、その人の文明の心臓に、竜が近づかないように、常に払って頂きたい」

 おれは「常に」と、そこに反応してつぶやく。

「ええ、優秀な竜払いであればそれは可能のはずだ。一流の竜払いであれば、竜をただ払うだけでなく、竜を意図した場所へ移動させる、そのようなことも出来ると聞いています。ああ、ご安心を、たとえ貴方たち竜払いを膨大に雇ったとしても、この計画から生産される利益は莫大だ。君たちへも確実に還元できる。我々を守るために、竜払いの私設軍をつくりたいんだ。そして、ヨルさん、貴方には是非くわわってほしい」

 ルーファスの高まりは、最大までいっていた。

「あたりまえですが、この大陸の内部に工場をつくれば竜は怒り続けるでしょう。ただし、それも、我々が力をつければいずれ対処可能です。力をつけて、やがて、竜をひとつずつ仕留めてゆけばいい」

「竜を殺すのか、ものみたいに」

「ええ、いずれはこの世界から、奴らが一匹もいなくなるまで。それしかないですよ」

 ルーファスは迷いなく言い切る。

 彼は、夢の話をしていた。それを夢みた者は、これまでも大勢いた。どの時代でも、どの場所でも、現実でも、想像の世界でも、人がよく見て手放せない夢のひとつだった。

 ため息をこらえた。

「引き上げます」

 そう、おれは伝え席を立つ。

「断るんですか」ルーファスが意外そうな表情でいった。「ああ、そうか、申し訳ない。金額を先に提示すればよかった。数字を知れば気がかわりますよ、貴方もすぐにたのしくなります」

「いえ、ただ」

「ただ」

「とてもいい条件なんでしょうね、参加した人は、みんな儲かって。この生涯では、ありえなかったぐらい大きな家も持てるのかも」

「それはお約束でいます、みんなが幸せになれますよ」

「だからきっと、大勢がそっちへ行く、みんなそっちへ行くかもしれない」

「それで、貴方は何が言いたいのでしょうか」

 冷静を装っているが、苛立ちは明らかだった。

「みんなが行くなら、誰か、ひとりぐらいは、こっち側にいないと。小さな町に現れた竜を払う者がいなくなる」

 声が少しかすれてしまった。

 ルーファスは、今日何度目かの苦笑をした。

「なるほど、無意識に、偽善が機能しまうんですね。それは尊いことです。大事ですね」ルーファスは本当に共感しているようにいった。「ですが、貴方の能力は、こっち側で生かすべきです、無駄してはいけない、人間の世界のためにつかうべきだ」

 彼はおれを見て来た。

 それで聞いた。

「いずれ竜を殺し、それからどうするんですか」

 すると、険しい者が爆ぜるように笑い「そうだな、ぜんぶ食っちまうかな!」と、言った。

 それで彼へ告げた。

「人が竜を口にすると人は死にます、この世界でいちばんの猛毒です」

 竜払いや、竜を知ろうとする者なら、知っていることだった。

 教えると、険しい者は、より険しい表情をした。

 五人を見る。

「貴方たちは竜を知らない。知ろうともしないから」

 そう伝え、立ち上がる。そして剣を背負った、

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