はいるぜい

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



「へい? あ、このあたりに竜? あ、いないよぉ、竜なんてさ」

 と、食堂の店主である男性は軽快に答えた。

 年齢は五十代くらいか、灰色と黒が混ざった頭髪をうしろへ軽く流している。やや、いかり肩の男性だった。

 おれが目指している都までは、まだ歩いて数日ほどかかるらしい。三百年続く、三百年都市へと向かっていた。。

 その道中、昼時に立ち寄った町にあった食堂に入り、料理を頼んだ。そして、料理を運んで店主の男性へ、とある会話を持ちかけた。このあたりでは、竜を見かけないんだが、と、漠然と。

 そして、返って来た回答がそれだった。いないよ、竜なんてさ。である。じつに、かるく返された。

 そうなのか。もう少し踏み込んで訊ねてみたい、けれど、彼は別の客へ呼ばれ、そちらへ向かってしまった。引き留めてしまうと業務妨害になる。きっと、また訊ねる機会もあるだろうから、後にしよう。そう考え、おれは運ばれて来た料理を口へ運んだ。

 まるい麺麭と、きのこの煮込みである。

 このあたりの土地の食堂では、昼食時に出てくるのは、はんを押したように、この同じ料理構成である。まるい麺麭と、きのこの煮込み。不動の組み合わせめいている。

 ここ数日、どの食堂に入っても、出てくる食事は、ほぼこれだった。きのこにしたって、珍しい品種でもない。煮込めば、よく味が出る、材料かつ万能調味料的側面を持つきのこだった。きのうも、おとといも、しゃくしゃく噛んで食べたものだった。

 で、今日も食べることになる。店は違うのに、味も昨日とほぼ同じだった。昨日の店の残り物を出したといわれても、疑うことが難しいほどの品質である。品質が安定していう考え方も出来る。

 かくべつおいしくもない。ゆえに、微妙に飽きにくい味でもある。味が想像できるため、これを頼めば、見知らぬ店で、見知らぬ土地の郷土料理を頼み、ひどい目に合うことは回避できた。守りの料理である。とにかく、連日食べても、発狂しない種類の料理だった。それに、安価でもある。

 じっさい、ここ数日連続で、昼間は同じようなこのきのこの煮込みを、同じくらいの量、食べている。

 すなわち、おれの身体はいま、三分の一は、きのこの煮込みで出来ている。

 いや、麺麭も添えてあるので、正確には、三分の一ではなく―――という、不毛な数値化はさておき。

 ここ数日で、竜の他に、気にもなることがある。

 三百年都市へ向かって、町から町へ移動している。そして立ち寄った町の食堂で、毎回、同じようなこのきのこ料理を食べていた。けれど、同じような料理、料なのに、どこも値段がちがう。三百年都市へ近づけば、近づくほど、料理の値段が少しずつ高くなっていた。

 で、きけば、どうやら、三百年都市へ近い場所ほど、ものには税がかかる。さらに、その税も、三百年都市に近ければ近いほど、高くなる仕組みらしい。

 いや、かかる税といっても、さほど高くもない。都へ近づけば高くなってゆくものの、それでも驚愕するほどの高さではなかった。

 はたして、その徴収された税は、誰が、どこへ集めるのか。

 それは、まだ、調べていない。

 まあ、とにかく税を集めて、その後、いい塩梅に運用する仕組みあるのだろう、きっと、みんなのために使うんだろう。

 と、今日のところは、おのれの不勉強さを、ふわりと棚にあげつつ、昼の食事を終えた。

 席を立ち、店主のもとへ支払いへ向かう。

「いくらですか」と、おれは訊ねた。

 すると、店主は「へい、じゃあ、こちらで」と、指を右手の三本立てた。

 おや。

 異様に、安い。

 これまで入ったどの食堂よりも、かなり安い。けれど、この店も、他の店と似たような料理構成と料なのに。それに、とうぜん、この店は、これまで立ち寄ったどの食堂よりも、三百年都市に近い。税額が上がるはず。

 にもかかわず、異様に安い。

「あの」

「へい?」

「それ、ぜいは、込みの値段ですか」

「へい、はいってますぜい、きっちりと」

 店主は軽快にうなずく。

 税も込みなのか。それで、その価格。

 それはそれで、安いと、むしろ、こわい。

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