ほしみるめ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 そういえば、このあたりではまだ竜を一頭も見ていない、町でも、町以外でも。竜が現れたという話をきかない。

 いや、そういう日が続くこともあるか。

 と、考えながら白昼、平原の中の道を歩いていたとき、その建物を見かけた。半円の蓋を被せたようなつくりで、固そうな壁でつくられている。道はその建物へ向かい、二手にわかれていた。

 道の分岐点に看板がたてあり、大きく『天文台』と書いてあった。

 天文台の周囲には平地の草原だった、人家の類はない。おれの、あわい記憶では、星を観測するような施設を建てるとき、夜に観測する際よけい光の影響を受けないよう、人工の光がない土地へ建てるのだと聞いたことがある。

 ゆえに、こんな場所にあるのか。

 看板へ戻す。

 そこへに入館料金も記載されていた。安い料金でもなく、食堂で、それなりにいい食事をたべられる価格である。

 ここからは最寄りの町は遠いし、この道もそんなに人が歩いていない。ゆえに、ひとりの客単価が高く成らざるを得ないのか。

 さらに看板には続きの記載があった。

『ただし、人として、星のように光っていない人なら入館無料』

 奇怪な条件が記載さている。

 どうした、この条件は。正気なのか。

 看板の完成度から判断するに、いたずら書きには見えない。かっこたる意志をもって、看板屋へ発注されてつくれた気配がある。

 おれは今一度、天文台を見た。ここから少し離れた道の先に、それはたたずんでいる。草原の中に、緑色の海に、ぽつんと浮かぶ孤島のように。

 看板へ視線を向け直す。

『ただし、人として、星のように光っていない人なら入館無料』

 これはすなわち、この道をたどり、あの天文台へ入ろうとして、もしも、無料で中へ入れたとしたら、星のような光のない人と判断された、星なし人間であり、あるいは、有料であったとしたら、それはつまり、星あり人間ということになるのか。

 看板の前で長考する。

 挑戦、してみるか。

 人には避けて通れない試合がある。

 これは避けていい試合だった。けれど、行こう。

 とにかく、星のように光っていない者、その判断基準が知りたい。文化面への興味である。

 けれど、一応、口では「………星が、どうしても見たい」と、つぶやいておいた。誰がきいているわけでもないのに、保険をかける。

 こういう種類のつぶやきをする人間が、星のように光っているとは、おれにはとうてい思えない。

 道を歩み、天文台へ向かう。全体は乳白色の建造物で、半円の屋根の隙間に切れ目があり、開閉できそうだった。

 そもそも、星の出ている夜こなければ、意味がないのでは。

 冷静になって考えた。けれど、本当の試合は星を見ることではない。だから、これでいい。

 天文台が近づく、入り口がみえた。審判のときは近い。

 扉を叩くと、まもなく、流れ星の煌めきたいに四方へ伸びた黒髪の女性が出てきた、つる、とした顔立ちをした三十代くらいである。

 彼女は扉の向こうから現れる、もぐもぐと丸い麺麭を食べていた。

「あの」と、おれは彼女へ伝えた。「見学を」

 女性はもぐもぐしながら、おれをしばらく観察した。

 星の観察をする人の眼で、いま観察されている。

 彼女は、もぐもぐし「あなたの入館料は」と、彼女はいって、もぐもぐしいう。「半額で」

 半額。

 半額、なのか。

 予想外の観察結果に、おれは虚をつかれた。いっぽうで、そうか半額か、という半分の安堵もあった。

 けがは、していない。

 星のように光ってない人は無料だし、星のように光っていると高額入館料である。

 それが半額。

 だとすると、まあ。

 まあまあまあ、あー。

 そうか。

 こういう手口か。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る