こうりゅうせん
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
その日、宿泊することに決めた宿の主人からその話を聞いた、この宿に近くに竜が現れたと。そして、いま、竜払いが竜を払っている最中だろうと。
宿の窓から外界を望む、外はまだまだ明るかった。この土地では、夏の時期は夜が遅い時間まで明るいらしい。冬の時期は、おれがもといた大陸と、暗くなる時間はそう変わらないという。
夜の外が昼のように明るいというのは違和感があった。むろん、この土地に生きる人々にとっては、これが当然の生活の光だった。
それはそれとして、別件にある。おれはしばらく、竜を見ていない。
この旅の途中、幾人かに、このあたりの竜事情について訊ねてみた。すると、このあたりの土地では、竜を目撃するのは稀だと話された。とくに大きい竜は、これまでまったく見たことがない人さえいた。
それでも竜を追い払う、竜払いはいるという。
で、この宿の近くで、いま竜を払っている者がいる。はたして、この土地の竜払いは、どういう風に竜を払っているのか、興味があった。可能ならばその様子を見学したい。とうぜん、それは相手の許諾をとったうえになる。
とりあえず、話だけでも、と思い、おれは剣を背負い直して宿を出た。
宿の主人から聞いた話をもとに、竜が現れた場所へ向かう。そこは町の学校だった。暖色の煉瓦積みでつくられた校舎である。門や塀はなかった。花壇があり、そこにある花々が、みごとに咲いていた、手入れが行き届いている。外はまだまだ明るいが、時間帯的には夜になるため、校舎には生徒の姿はない。
そして、校舎からは竜を感じた。いる、きっと、かなり小さい竜だった。
校庭の真ん中あたりに、男が一人立っていた。齢は始終あたりだろうか、地毛なのか、意図的なのか、いずれにしても、お洒落な鳥の巣をかぶったような茶褐色の縮れ毛を頭へ冠している。背はおれよりも、頭半分ほど高く、肩幅はがっちりしていて、なだらかな顔立ちに、糸目を添えている。よく陽にやけた肌を、群青色の外套で一部覆っている、いかにも竜払い、というべき外貌だった。
おれは相手が警戒しない挙動を心掛けて登場してみせつつ、近づいた。
「こんばんは」と、声をかける。
外は明るいが、時間帯は夜なので、こんばんは。
すると、彼はこちらを見て「はい」と、渋い声で答え返して来た。
「あの」と、声をかけつつ、彼の前で立ち止まる。「おれは、ヨルといいます、旅してて、竜払いで」
我ながら説明がたどたどしい。
彼はそんなおれを無表情で見返しながら、おそらく、場の空気感に沿って「はい」と、いった。
変質者だと思われないようにして、見学のことを切り出さねば。
しかし、まてよ。彼は剣を持っていないぞ。
けれど、雰囲気は竜払いのそれだった。竜払いは、竜払いがわかる。なんとなく。
そのときだった。校舎の影から「ジンケン!」と、女性の声が放たれた。
彼の名前はジンケンなのか。と、思いつつ、そちらを見る。校舎の裏から半身を乗り出した二十代前半あたりの女性が現れ、こちらへ近づいて来る。
「エマ」
と、ジンケンが彼女をそう呼んだ。
真っ赤なおぱっか頭をしていた。外へ上向く釣り目で、頬にはそばかすがある。一瞬、ひと繋ぎの寝間着に見えるものを着ていたが、実際は厚手の布で出来たしろもので、とにかく、おれの知識にない種類の服装だった。
やがて、エマは「なんだそいつは」と、ぶっきらぼうな口調でいいつつ、近づいて来る。「そんな、あたらしい友達つくって、あそんでんじゃねーぞ」と、いった。
彼女も竜払いだな、竜払いは竜払いがわかる、だいたい。
だとしても、どうだろう。おれは、ジンケンへあらためて視線を向けた。
見たところ、彼は剣を持っていない。竜を払うための専用の剣を。いや、竜を追い払いために、必ずしも、専用の剣を必要とはしないが。
で、近づいて来るエマを見る。彼女も剣を持っていない。
宿の主人の情報では、小さな竜が出たということだった。
そして、ずんずんと、荒々しい足運び接近をしてくるエマがその肩に担いでいるのは、虫取り網だった。
虫取り網。
さらに背中には、虫かごのようなのを背負っている。
校舎に現れたのは、小さな竜と聞いた。
まさか、その網で、と思っている間に、エマが目の前に来る。間近までくると、彼女は警戒中の山嵐のような気配を発した。
おれは「あの、この町の人から聞いたのですが」と、そう前置きし「もしかして、その網で、竜を」そう聞いた。。
「え? なんだよ! そんなのあたりまえだろ!」と、エマは答えた。「つか、あんた、なに? おもいっきり、この土地の竜払いじゃないよね?」
「はい、ヨルと申します。旅をしていて」
「あのさ!」エマはわかりやすく不機嫌になった。「まずこのあたりで、そんなふうに背中に剣とか背負ってんの、子どもしかいないよ! 大人が背中に剣は、かなりむかし流行したやつだし、かっこわるいよ、あんた!」
流行遅れ、そうなのか。このあたりでは、背中に剣を背負っていると、そういう印象を与えるのか。
なるほど。おれはさっそく、背中から剣を外して、鞘ごと右手へ持った。
それを見てエマは「はん」と嘲笑った。おれに影響を与えたのが、やや、痛快とみえる。
ジンケンの方は黙秘を貫いている。
おれは「でのあの、竜を払うのに、剣は使わないんですか」とふたたび問いかけた。
「なによ、あんたは、どうかしてるわね!」エマは苛立った。「小さい竜を払うのに、剣を使って払うなんて、逆に手間になるでしょ! 網ぃ! 網に決まってでしょーが、網ぃ! この不勉強がぁ!」
最後の方は、完全な怒鳴りになっている。
「だいたい、でっかい竜はわたしらの管轄じゃねーし」
管轄。管轄があるのか。
「つまり、小さい竜専門の竜払いなんですか」
「うっせーな、というか、わたしら仕事中なの! あんた、どっかから来たのか知らないけどさ、そんな剣を持ってるからって、いばんないでよね、邪魔しないでよね!」犬歯をむき出しにして言って来る。「じゃあ、なによ、あんたは、小さい竜と遣り合うときはどうするの、網を使わないでどうするの! というか、あんたたらは小さい竜なんて相手にしないからわからないのね、そうでしょ!」
さらに怒鳴って来る。
そのとき、竜を感じた。
視線を向ける。花壇の中から、ねずみほどの大きさの竜が飛び出して来た。エマの怒鳴り声に刺激されて、花壇から出て来たらしい。
おれはとっさに竜へ左手を伸ばす。
飛んで来たその身体を空中で手掴んで捕まえた。
噛まれないように首根っこを掴む。小さい竜なので、力はあまりないが、やはり、持っていて不安になる生命体だった。
で、竜で掴んでいる、おれをエマとジンケンは見ていた。
「いや」そこで「これくらい竜だったら、いつも素手で」と、答えた。
エマはしばらく黙っていたが、やがて「お」といって、また「おぅ、おぅ」といった。
あしか、の鳴きまねか。
と思っていると、彼女は、ぐぐぐぐぐぐ、と内部に圧をため込むような様子を見せた。
「おぼえてろおおおおおお!」
とたん、叫び、さらに、わああああ、といって虫取り網をかついで走り去って行く。
泣いているのか、なんの涙だ。
そして、職場放棄である。
はたして、おれは、いったいなにを、おぼえていればいいのかが、わからない。
ジンケンの方は、まだそこにいた。やがて彼は小声でおれへ「すごいのね」と、褒め来た。
そうか、このあたりじゃ、すごいのか、竜の手掴み。
とりあえず、剣の持ち方の流行と、褒められたことだけは、おぼえておこう。
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