ねがうばかり

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 竜の吐いた炎を避けきれず、外套が焦げて大きな穴があいてしまった。

 その後、なんとか竜を払うことは出来た。けれど。焦げてしまった外套が自然に直るはずもない。

 思えば、長く付き合ってきた外套だった。これをはおり、全身にまきつけて冷たい雨風をしのいだのも一度や二度ではない。

 とはいえ、自力で補修できる範囲の穴でもない。仕入れるしかなかった。

 依頼人へ依頼完了を終えたその足で、その町にあった衣料品店へ足を運んだ。

 薄緑に白い線を走らせた店構えは、洒落た雰囲気がある。竜払いとって、雨や寒さやをしのぐ外套は消耗品とも言える。着飾る目的の道具ではない。

 けれど、その町で目に付くのは、その衣類店だけだった。場違い客になる可能性に怯えつつ、店内に入る。

 店内は、やはり洒落た衣服ばかりだった。だが、すぐに、店内で外套をそろえた一角をみつける。

「ようこそぉ」

 店主らしき四十歳代の男性が近づいてきた。襟がぱりっとした、身ぎれいな服装をしている。髪はすべて後ろへ流してまとめていた。

 竜を払った後で、少々、草臥れたこちらの外見を前にしても、嫌そうな表情はしない。

 安堵していった。「外套がほしいんです」

 すると、店員の男性は、仰々しく、外套の棚を手で指し示す。おれは彼へ、一礼して棚へ向かった。

 それなりの数の外套があり、いま持っているものと、似たような色合いのものもあった。値段も少し高いが、許容範囲だった。

 手にとり、大きさを見る。

「羽織ってみてもいいですか」

 許諾を求めると、男性店員はくねりとうなずいた。

 許可を経て羽織る。大きさも、厚みも悪くない。

 すると、店員がすっと、近寄って来た。

「よく、お似合いでいたいです」

 そう言われた。

 なんだろう、いまのは。聞き間違いか。文法の不備というか。

 こちらの聞き間違いだろう。外套の生地の具合を確認しながら、そう、結論づけた。

 そのうち、男性の店員は、別の外套を手にとり、差し出してきた。

「こちらの方も、よくお似合いであれ」

 顔を左右に揺らしながらいい、そして、続けていった。

「ああ、こちらの方も、いい品だと言いたいです」

 耳にして、おや、っとなる。彼のこれまでの発言。

 お似合いでいたい。よくお似合いであれ。いい品だと言いたいです。

「願望、なのか」共通点をみつけ、彼を見る。「発言がすべて願望なんですか」

「はいー」彼は、ややねばりのある返事をして「当店は、願いを込めた接客を心、がけていたいのです、できれば、可能な限り」

「その接客方針すら、願望に留まっているんですね」

「いいえ、願望では、ございませんといいたいのです」

「いま言ったそれもまた願望化を果たしてますよね、希望ですよね」

「わたしどもは、うちのお客様が幸せになればいいなと、日夜、願っていたいと思っているしだいです」

「そうですか」長いは無用です。そう判断して「では、これにします」と、外套を彼へ渡し、支払いに入る。

 品を受け取り、店を出ようとした。けれど、ふと、気になり訊ねた。

「いまの価格は、店の希望価格ですか」

「いえ、確実に利益が出る価格です」

 しまった、ここでおれが希望を終わらせしまった。

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