みのがす

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 冷えた空気のなか、朝陽が昇る頃には、屋根にいた山羊ほどの竜を払い終える。竜を空へ還し、剣を背中の鞘にしまって屋根から地上へ降りた。

 そこに依頼人の彼女が、にこにこして立っていた。

 そこは、その町の児童預かり施設だった。竜が現れたのは昨日の夕方ごろで、この大陸の竜払い協会へ依頼がもちこまれたのは昨夜になる。けれど、朝には、この施設に仕事へでかけるため保護者たちが、六歳以下の子どもを預けに来るので、それまでには竜を払って欲しいという依頼だった。

 事情は理解できる。さいわい丁度、手が空いていた。そこで依頼は素早く対応もできた。

 地上へ戻ると、この児童預かり施設を運営している彼女が待っていた。三十歳ぐらいで、顔は、つねに、にこにこしている。そして、その、にこにこしている顔以外、いまのところ目にしていない。黄土色の前掛けには、誇張された猫の刺繍がしてあった。

 この施設で働くのは、彼女とは別に人間は二人いるが、基本的には彼女が一人で切り盛りしているという。

「竜は払いました」

「まーまー」

 と、彼女は胸の前で、ぱん、と一つ手を叩く。

「よくできましたー」

 礼というより、褒めて来る。ある意味、新鮮な反応だったので、黙って見返していると、彼女は、にこにこしたまま、慌てていった。

「あらいけませんわ、わたし、くせで子どもたち接するように言ってしまって」

「いえ、いいんです」

「そうだ」彼女はまた、胸の前で手を、ぱん、と叩いた。「せっかくですし、お茶でも飲んでゆかれませんか」

 喉はかわいていた。それで好意にあまえることにした。

 施設内にある職員室へ連れて行かれる。廊下には、ここに通う子供たちが描いたらしき、絵や、誇張して描かれた犬や猫、それから鳥や魚の絵もかざってある。

 普段は触れない世界観の場所を進む。通り過ぎた際、目にした教室に置いてある靴や、かけてある衣服など、そこに置いてあるものすべてが小さかった。

 職員室に通される。といっても、手狭い部屋だった。大人ふたりが座ったら、もうほとんど終わりだった。けれど、窓から、朝の明るい陽射しが、ぞんぶんに入り込んでくる。

 そして、お茶を出される。いい香りがした。冷えた空気で、乾いたすっかり鼻孔へ入り込む。口に含みと、はじめた無味に思えたが、しだいに、上あごを包むような、すっきりとした感覚がして、それから、おもしろい苦みを感じた。

 うまいお茶だ。お茶の良さを表現できる語彙力不足がたたって、そんな感想しかいえない。

 ふと、彼女がにこにこしながらいった。

「お仕事は長くされているんですか」

 問われて、少し頭のなかで数えて「十五歳くらいから、だったと思います」と、告げた。

「まああ」

 彼女はにこにこした顔に、驚きを含めた。

「十五歳から、されているんですね」

「そのくらいからです」

 答えて、お茶を口に含む。だんだん、冷えた口の中もあったあまり、お茶の味も感じられるようになってきた。

「うちは、五、六歳くらいの子をよく預かっているんです」

 と、彼女はいった。

「あなたは十五歳から、竜払いをなさっている」

「ええ」

 うなずいてお茶を飲む。

 すると、彼女はにこにこしながら言った。

「十五歳、ということは、うちで預かる子どもたち、五歳児、約三人ぶんの人生から、竜を払っていらっしゃるのですね」

 ん。

 十五歳を、え、いま、五歳児三人ぶんの人生とか、なんとかいったぞ。

 なんだろ、その合算方法は。

 深くいぶかしむところはあった。けれど、お茶がうまかったので「そうですね」とだけ答えた。

 なにしろ、いいお茶だ。

 にごすまい。

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