ぱんがかえない

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 たどり着いた時、その町はやや滅びていた。

 山間にある、小さな町だった。麺麭が手に入るかと思い、立ち寄った。

 けれど、町は、やや滅んでいた。煉瓦積みの家が多く、地面には瓦礫が散らばり見渡す限り、まず無事な家屋はない。どこかしら、少しずつやられている。

 真昼にもかかわらず、町を歩く者の姿はなく、生物が呼吸をとめたように、静かだった。

 もしかして、竜を怒らせて、暴れたのか。一瞬、そう思ったが、どうも様子が違う。町は滅びているが、焼けたところは見られない。

 むしろ、人である。暴動の過ぎ去ったあとのようだった。しかも、破壊痕は、まだ新鮮さがある。壊れて時間がたっていない。

 町の奥へと進むと、ちらほらと人を見かけるようになった。どれも、学生服を着た、十代前半から後半と思しき男女だった。ただし、誰も動いていない、建物の壁によりかかり、顔を下へ向けている。横なって寝ている者もいた。総じて疲弊している。

 そして、見たところ、学生服にも二種類ありそうだった。赤い学生服と、青い学生服。

 学生たちはみな、どこかしら怪我をしているようだった。かなりの率で男女関係なく青あざがある。服もぼろぼろだった。

 さらに進むと、広場で炊き出しをやっていた。そこは、まだ、立って歩いている者が多い。

 そこで、ひとりの若い青年へ声をかけた。十五、六歳ほどで、ぼろぼろだが学生服を着ているので、おそらく、学生だった。

「こんにちは、わたしはヨルと申します」名乗り、やや滅びた様子へ視線を向けながら問う「この町で何かあったんですか」

 彼は、汚れた顔で、じろりと一瞥して、答えず、そのまま去っていった。

 もしかして、町の人たちに対して、迂闊な問いかけをしたのか。そう思っている時だった。

「外から来た人だね」

 声をかけられる。見るよ、恰幅のいい老人だった。いま、炊き出しからもらってきた皿を片手にしている。

 ほかほかと湯気のあがる皿には、そんなに食べるのかと思えるほど、山盛りにのっていた。

「あなたは外から来た人だね」

 老人に言われ「はい、ヨルと申します」と名乗った。

「剣をお持ちですし、竜払いですか」

「はい」

「なるほど」と、老人は言って、うなずく。「しかし、この町には、あなたの求めるものはありません」

 何の話だろう。何かを先んじて告げられる。とうぜん、気がかりとなる。

「この町で何があったんですか」

「語って進ぜよう」

「ほんとはおれに語りたくて話かけてきましたね」

「衝動は抑えきれん」

 老人はそう言い放ち、直接、口を皿へ持って行き、料理を食べる。胃が丈夫なのか、がつがつと食が進んでいた。

 衝動は抑えきれない。もしかして、食欲の話だったのか。そう考えていると、皿から口を離した老人がいった。

「この町には、ふたつの学校があります」

「ふたつの学校」

「青い制服学校」言って、老人は青い制服の少年少女を見ていう。「赤い制服の学校、まあ、そう覚えてくださればいい」

 それから赤い制服の少年少女を見る。

 じっくりと語るらしい。

 そこで目を細めていた老人へ訊ねた。

「その話は長くなりますか」

「そっこうでお話します」話せる相手がいなくなるとこを恐れたか、老人はすぐに方針を切り替えた。

「じつはこの町には二つの進学校がありました、どちらも寄宿舎つきの。そして、町には店が二つありました。麺麭と紅茶の飲める店が。それぞれの学校の生徒は、なんとなく、縄張り式に、片方の店に集中する状況が何年も続いていたのです。ところが、先日、片方の店が、店主の高齢を理由に閉店したのをきっかけに、両校の間で、残った店の取り合いがはじまりましてな」

「いっきに説明しましたね」つい、内容ではなく、老人の焦りによる、一挙説明の方を気にしてしまう。そこで「失敬」と、謝っておいた。

「店の取り合いといっても、そこは学生たちです。暴力で決着をつけるようなことはいけません、ですので、球蹴りで決めることにしたんです」

「球蹴り」

「羊の毛を丸めてつくった一個の球を、足だけを使い、蹴って蹴って、ある陣地へ先に球を運んだ方が勝ちという決まりです」

「そういう物事の決め方がむかしからこの町にあるんですか」

「いいえ」老人は顔を左右に振った。「新規で、編み出した解決方法です。その場の感覚で」

「誰が」

「わたしだ」老人は自分を指出す。「わたしはこの町の町長です」

 それを明かされ、少し考えた後、空を見た。太陽の位置を確認し「話が長くなってきたな」とつぶやく。

 とたん、老人は「もうすぐです、終わらせます、お話」と、引き留めてきた。

 しかたなく、老人の方へ視線を向ける。

「昨日、ついにこの町に残ったたったひとつの店の使用権をめぐって、両校の生徒たちが、球蹴りで激突したのです」

「そのまえに、お互い、まず仲良くひとつの店を使えとうながすべきでは」指摘し、さらに続けた。「ここまでまっとうな話を聞いている印象がない」

「しかし、過去は止められないのです、激突したのです」

 老人が空へ向かって語る。悦に入っているらしい。

「あの戦いは、誰にもとめられなかった」

「とめれただろうし、とまんない生徒たちたいがいでしょうね。いったい学校で何を学んでいるのか」

「結末は見ての通りです」

「うん、きほん、この世界の誰の心にも響かなそうな話ですね。体調が悪いときに聞いたら、無視される領域の話でしかなく」正直に、それを告げる。「ところで、そんなに気にはなってませんが、どっちが勝ったんですか」

「店はね、大破しましたよ。しばらく営業も不可能です」

「なぜ」

「先に、店の厨房へ球を蹴り込んだ方の勝ち、と決めたのが、あだになりました。そのため、残った店に、互いの全校生徒が集合するかたちに、生徒たちは店のなかで球を蹴り合いました」

「初期設定のしくじり方が希代の失策ですね。生徒たちも説明された直後におかしいと気づかないのが致命的だ」

 指摘するが、老人は聞いていない。

「あの戦いに、勝者はいないのです」

「まもなく、おれがこの町からいなくなりますがね」そう言って、空を見た。「この町には、麺麭を買える店もないし」

 空が青い。

 そして、もう一度だけ、考えてみた。いまの話が何の話なのか。

 やはり、わからなかった。

 それにわかるための努力も、一切こころが拒否である。

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