ぴよぴよる

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 朝、滞在している宿屋のそばにある一軒家の前を通りかかると、その家の納屋の横に近隣住民の子どもたちとカルが、輪なって集結している場面に出くわした。

 子どもたち年の頃らだいたい、五、六歳前後である。男女あわせて五人。

 そして、その子どもたちの輪の中に、彼もいた。カルである。彼は十四歳の少年だった。

 みな、輪になって地面へしゃがみこんでいる。全員で地面の一点を、じっと見ていた。

 子どもたちに輪の中に、ひとりだけ、年齢二桁台がいるな。そして、カルもまた、子どもたちと共に地面へしゃがみ込み、なにかを地面一点を注視している。

 そのとき、カルがおれの気配を察知し、顔をあげ、振り向いた。そのして、「あ、ヨルさん」と、おれを呼んだ。

 おれは「おはよう」と、あいさつした。

 カルは立ち上がり「おはようございます」と、あいさつを返し、それから「あの、ちょっとこれ、見てもらっていいですか」と、そういった。

「なんだい」

「ヨルさんなら、どう見極めるか、知りたくって、その、つまり、相談です」

 相談。なんのだろう。

「どう考えていいか、みんなでいま悩んでるんです。あの、まずは輪のなかへ、どうぞ」

 うながされ、おれは近づき、しゃがみ込み、子どもたちの輪へくわわる。

 御年、二十四歳。剣を背負った竜払い、男性の合流である。

 すると、輪の中にいた女の子がいった。「ぴよこ」

 おれは、なんとなくつられ「ぴよこ」と、言いつつ、それを見る。子どもたちの輪の中にいたのは一羽のひよこだった。手のひらに収まる大きさである。

 カルが「この子のここを見てください」そういって、指さす。

 ひよこの頭が白い。

「今朝、生まれたひよこです。見てくだいさい、頭に卵の殻がついたままなんです」

 たしかに、ひよこの頭には、卵の白い殻がついていた。丁度、半球体のかたちの兜のように、すっぽりと頭にかぶさっている。

 そして、カルは言う。

「この姿がかわいいんです、すごくいいんです。子どもたちも、ぼくの、このひよこの卵の殻をかぶった状態が大好きになってしまって」

 と、言われ、おれはどう答えようか考え、やがて「そうか」とだけいった。

「だから、さっきから、ぼくたちでずっと見守っていたんです。このかわいい状態を失うのがみんなこわくて」

 今回も、どう答えようか考えて「そうか」と、だけ返すにとどめた。

「かわいいので、もし、願いがかなうなら、このまま、このひよこが頭に卵の殻をかぶったまま、大きくなってほしいんです」

「そうか」

「ヨルさん、ぼくたちはどうしたらいいのでしょうか」

 そして、急に、おそろしく漠然とそう問いかけて来た。

 正直言って、なにを聞いているのか、で、なにを答えるべきか、わからない。回答の手がかりの脆弱性が、飛び抜けていた。

 そのうえで、子どもたちの眼差しである。おれへ集中した。きらきらしてやがる。

 たとえるな、地図なしで、宝を見つけ出せと言われている気分に近い。

 いや、近くのはないか。

 いずれにしろ、みんな、おれの回答待ちである。

 ここは、いや、それは、その自然のなりゆきにゆだねればいいのでは。と、そう答えるのが、無難である。

 けれど、それでいいのか。子どもたちの期待の眼差しに対して、そんな味気ない回答で。

 いまおれは試され、そして、やられていた。子どもたちの期待にそえる答えとは、いったい。

 答え、答えとは。

 んー。

 ああ、なんだか立ち眩みしてきた。

 おれは、ふらりとした頭でこういっていた。

「ぴ、ぴよぴよ………」

 と。

 とたん、ひよこが、ぴくっと反応し、おれを見上げた。その動きで、卵の殻が頭から、ぽろ、と落ちた。

 つぎの瞬間、子どものひとりが叫んだ。

「すごい、ぴよこ語だぁぁぁ!」

 まさかの高評価。

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