ほぞんこうげき

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 竜の数が減っている、その謎の調査のため、とある町の中を歩いているときだった。

「そこの、胃がつよそうな、お方」

 男の声で、そう呼びかけられた。奇妙な呼び止められ方に、つい、ゆだんし、反応し、立ち止ったところへ「もとい、そこの、意志のつよそうな、お方」と、呼び止め方に変更がかかった。

 むろん、変更以前の呼び方を忘れるはずもない。

 顔を向けると、この町にいくつかある食料品店のひとつで、声をかけてきたのは、五十歳くらいの男性で、髪は真っ黒だが、髭は真っ白でだった。店の印のようなものが入った黄色い前掛けをし、手には歪な形の壺を持っていた。

 おれが立ち止まる、男性は「やあ」と、気軽にあいさつしてきた。

 無視も可能である。けれど、どうしても、持ち前の高品質な社会性が機能し、無視できず、それでも心は抵抗し「はあ」と、あいまいなあいさつもどきを口から発するにとどめた。

 そして、そのまま先へ行こうしたところへ、彼が続けた。「あなたを見込んで頼みがあるんだ」

 おれは「だいじょうぶです」と告げて、歩き出す。

 すると、彼は壺を持ったまま、おれの前へ回り込んできた。いい動きだった。

「待ってくれ待ってくれ、話だけでも聞いてくれ。こまってる、こまってるんだ、ぼくは、だから、さ、ね」

 彼とかかわって、この先、快適な物語が展開する予感は零である。けれど、しかたなく、おれはまた「はあ」と、ふんわり反応を示しておいた。

「いやぁ、それがね、うちの店さ、今度、あたらしく保存食を売り出そうと思って」

 彼は急に、その話を始めた。

 保存食。

「ほいでね、こうして保存食をつくったんだ」

 壺を掲げてみせる。その中に入っているらしい、保存食が。

「でもさ、保存に失敗しちゃって。保存できてなかったんだ」

 そこまで聞き、以降、がんばってください。と、告げ、強引に突破しようとするも、彼の足運びは、なかなか鋭く、こちらの間合いを潰される。彼はきっと、武術経験者である。ただ、こんなところで発揮されても、ひどく迷惑でしかない。

「ほいでね、保存に失敗したこの保存食なんだけどぉ、捨てるのはもったいないから、食べてくれないか」

 おれは「あの、見知らぬ人間へ、急に保存に失敗した食料を食べろとか、狂ってますよね」と、伝えた。

「いやいやいやいや、保存には失敗したけどね、いけるの、食べれるの。保存に失敗しただけで、まだ、保存期間に突入する前のやつだから、食べれるの。だって、つくったのは、たった今だから、保存方法に失敗したのみ! 保存がはじまる前の状態で、ま、ここまま保存したらだめだけど、でも、いま保存しないで食べれるぶんにはいけるから! だいじょうぶだから!」

 必死である。それがこわい。

「まあ、味は不味いけど」

「どうしようもないな」

 おれは心を解放してそう述べた。

「あのさ、保存に失敗しただけで、食べれるからさ」

「なぜ、おれに」

「いや、君が、ひとりめだ、声をかけたのは」

 おれが不運第一号だったのか。

「たのむよぉ、これからは保存食事業だぁ、って家族に豪語したその矢先に失敗だなんてさ、いえないんだよぉ。失敗の証拠を隠滅しないといけないし、食べものを捨てるなんてのも、よくないしさ!」

 そもそもの、その保存食の材料はなんなんだろうか。彼の懇願はあまり脳に入れず、そちらの方を気にしていたときである。店の扉が勢いよく開いた。そして、彼の顔によく似た若い娘さんが現れた。

「おい、ちち!」

 ああ、君は、父親のことを、ちち、と呼んでいるのか。

「ぬぁあーに、やってんの! また人に迷惑をかけてるのね!」

 またなのか。

「いや、あの」

「って、ちち、その壺ぉ!」娘は彼の持つ壺を指さし、いった。「それ、わたしが子どもの頃に、学校でつくった壺じゃん! え、う、うそ、まだ、それ持ってたの!」

 そういい、娘さんは若干、感動すらしていた。とうぜん、おれが感動できる部分はない。

「そりゃあ、お前えよぉ」彼は照れながらいう。「お前と、思い出の壺だもの、大事にしてあるさ」

「ちち………」

 目の前で展開されるそれを前におれは、ただ、虚無の表情をしていた。

 そのとき、おれの肩へ、ぽん、と誰かの手がおかれた。視線を向けると、五十代くらいの女性である。

 彼女は目に涙をため、目頭を片手でおさえながらいった。

「娘への思い出の保存には、成功したのね………」

 誰だ、あなたは。

「はは!」

 母かよ。

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