かえしもの

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 白い盾を背負った竜払いのこと知らないか、と、聞かれることが、ときどきあった。

 とある調査のため、大陸の各地へ足を運び、その土地の人々から話を聞く。そして、その際、逆に白い盾を背負った竜払いのことを知らないか、と、聞かれることがあった。

 きっと、おれがその人物と同じ竜を追い払う、竜払いだからだろう。同じ生き方をしている者なら、知っているのではないかと。

 ただ、その白い盾を背負った竜払いについて聞かれるのは、おおむね、小さな町、あるいは小さな村だった。大きな都市では聞かれなかった。人々が、なぜ、その人物について聞くのかというと、みんな、その竜払いが好きだからだった。

 だから、いま、どこにいるのか気になっている。無事で今日も、それこそ、どこか空の下で竜を払っているのかと。

 時々、その竜払いの消息について聞かれたので、自然と、おれの方も、その白い盾を背負った竜払いが、どんな人物なのか、ばくぜんと知った。

 二十歳くらいで、おれと同じくらいの背丈である。横顔が凛々しく、それでも笑うと、愛嬌を感じる。背中に白い盾を背負っている。その楯は竜の骨でつくられた盾らしい。

 竜の骨でつくれた楯とはめずらしい。そんな盾を持った竜払いを、おれはまだ遭遇したことがなかった。

 彼は楯の他に、腰へ竜の骨でつくられた剣を下げているという。竜を払う際は、剣と楯を使うという。

 明るい性格で、語るみんなの記憶にある彼の顔は、凛々しい横顔か、屈託ない笑顔だった。

 彼は、どんな小さな町、小さな村、集落に過ぎない場所からの依頼でも引き受けた。竜が現れ、人々が困難に陥っていると、竜を払ったらしい。それも相場よりかなりの安価な依頼料で引き受けた。代わりに、食事や一晩の宿を頼んだ、その際は、明る話、土地の人々に率先して混じり、笑いって語りあったという。彼の放つ言葉は、常に希望を含んでいた。

 おれが、とある村で聞いた彼の印象では「竜払いだけど、むしろ正義の味方みたいなんだ」というものだった。

 剣と楯を装備して、竜へ立ち向かうその竜払い名は、オオムというらしい。

 さほど報酬も用意できない人からでも、竜払いの依頼を、こころよく引き受けた。白い盾を背負った、オオムというその竜払いは、

 おれは、行く先々の小さな町、小さな村で、彼の所在について聞かれた。聞いた相手は、最後に「また彼に会いたい」と、そんなことを口にした。

 人々に、愛される竜払いだった。

 ただ、どうも、話を聞く限り、オオムは、この三、四年、どこにも現れていない感じだった。

 竜と遣り合うのは命懸けになる。この生き方を選んだ以上、ある日、すべてが途絶えても、ふしぎじゃない。

 そのときが二十歳くらいだったし、三、四年経っているとすると、ちょうど、おれと同じ二十四歳くらいになっているはず。おれと同じ年頃に、竜払いになろうと決意したのだろうか。

 彼について聞かれているうちに、次第におれもその消息が気になってきた。そこで、大きな町や、都に立ち入った際、その場所の人に「白い楯を持った竜払いを知りませんか」と、聞くようになった。

 けれど、白い楯を持った竜払いは誰も知らなかった。

 ただ。

「おい、あんた、まさかそいつは、黒い楯の間違いじゃないのか?」

 と、問い返されたときがあった。そこは大きな町の酒場だった。オオムが竜を払って来た人々から、遠く離れた場所である。

 問い返してきたのは、その酒場の店主だった。

 黒い楯。いや、色が違う。そう思っていると、店主は続けた。「やっぱ、黒い楯を背負った竜払いことかよ」と、顔色を変え、声も小さくなった。明確な不安を発している。

 おれは「名は、オオムという男です」と伝えた。

「かかわるな」

 と、いわれた。

「そいつは駄目だぞ。やめとけ、遠ざかれ、その名も口にするな、とにかくその

名前から遠ざかって生きろ」

 それから説明もしなかった。そう答えた店主は、あきらかに全身でこの話題に対して、拒否反応を示していた。

 そして、けっきょく、最後までは教えてくれなかった。

 それでも、何か所かでオオムについて問いかけていると、教えてくれる人物に出会えた。その時、その男はかなり酔っていた、危機感が麻痺していたから、話したのかもしれない。

 男はいう。オオムという白い楯を背負った若い竜払いは確かに、存在する。

 正義感が強く、かなり不利な条件でも弱い者の味方につこうと全力を惜しまない青年だった。

 けれど、ある日、彼はある町で依頼を受け、巨大な竜を追い払った。そして、すぐに次の依頼へ向かった。彼が竜を払った町は、その夜、野党に襲撃された。オオムに竜払いを依頼したのは変装した野党のひとりだった。もともと襲撃を計画していた町に、竜が現れた。計画実行に竜が邪魔だったので、安価で依頼して、オオムに追い払わせた。

 翌日、町は滅んでいた。なにもなく、平らになっていた。オオムは野党たちを追った。そして、計画を実行した野党の末端から頭目までを、ひとりで仕留めた。

 その後、野党の上部上部組織たちが、報復のためオオムを追手を放った。オオムはその追手も仕留めた。すると、新しい、追手がかかった。

 オオムは誰にも助けを求めなかった。けっきょく、そのすべても、独りで片付けた。

 追っ手を仕留めれば、仕留めるほど、オオムへ遺恨を抱く者たちの範囲は広がった。それこそ、血のついた布で、血のこぼれた床を拭くように。仕留めた誰かは、誰かの家族であり、友人であり、恋人であり、敵となり、追手となった。オオムは、そのすべても仕留めた。

 やがて、オオムは変化した。少しでも、自分にかかわった者、これからかかわろうとする者を、先行して手にかけるようになった。

「だから、オオムにはかかわってはいけない。近づこうとしてはならない」

 と、酔った男はいった。

 結末、残ったのはオオムの方だった、独りでやりきった。最後のひとりまで、敵を始末した。

 その頃には、彼の背中に背負っていた白い楯は、黒くなっていたという。

「あれは誰も生むつもりがなかったのに、生まれちまった怪物だ」

 男はそういった。

 かなり酔って話したので、どこまでがほんとうの話なのかは、それはわからない。

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