のこされしかんじょう
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
竜笛を使って、竜をおびき寄せたり、意識をこちらへ向けさせることがある。
竜の骨で出来た笛で、吹けば、竜が音の方へ向かって来る。ただし、笛の音は、竜を怒らせるので、扱には注意が必要だった。
使いどころを間違えれば、生命を落とす。
それに、日ごろの手入れもかかせない。本格的な手入れは当然、職人に頼む必要がある。けれど、掃除は自身でもできた。
そして、その日、おれは竜払い協会で手続きを終え、近くにある、竜払いたちが習慣的に集う食堂、兼、夜は酒場となる店で、柑橘入りのお茶を飲みながら竜笛を手入しているときだった。
「ヨルさん」
黄色いの髪の少年、ルビトが声をかけて来た。
彼まだ、十五歳くらいで、新人の竜払いである。
その黄色いがかったふわふわな髪は、歩くと、よく揺れ、ひよこのように見えるときがある。けれど、対人戦闘能力は、きっと、おれより優れていた。竜払い協会でも、期待の新人とされていた。
「やあ、ルビト」
「ヨルさん、相談があるんです」
まっすぐに目を見て言って来る。
「なんだい」
「じぶん、いま他に三人と組んでるんですが」彼はそういって、頭をかいた。
「うん、まえに少しだけ見かけた」
三人は、ルビトと同じくらいの年頃の少女たちだった。
同年代の少女たち三人のなかに、少年ひとりの組み合わせで竜払いをやっている。ルビトは、なかなか気骨のある竜払いといえた。
「そこそこ個性溢れる竜払いたちだった記憶がある。で、相談とは」
「じぶんたちの竜の払い方って、もしかして、変なんじゃないかって。最近、おもいはじめて」
「変」おれはそこを切り取っていった。「変、って、どんな変なんだ」
「とりあえず、あらためて三人をヨルさんに紹介します」
「いや、それはいいかな、べつに」
なぜだろう、やんわりと断ってみる。
いや、やんわりとではなく、けっこうはっきりと断っているぞ、おれ。
けれど、ルビトは聞こえなかったのか「いまここに呼びます」といった。
「ああ、そうですか」おれはなんとなく敬語になり、なし崩し的に、紹介を受け入れる。
と、ルビトは口に笛をくわえた。
竜笛だった、そして、吹く。
とたん、人間の鼓膜の構造では聞こえずらい、窓の隙間から入り込むような、うっすらとした風の音のようなものが鳴る。
すると、店の奥から、ぞろぞろと、三人の少女たちがやってきた。三人とも、もぐもぐと口を動かし、手には料理の皿を持っている。
小柄で、細身の剣を腰にさげ、おぱっか頭の前髪を直線にそろえたひとえまぶたの少女。
背がおれよりも高く、艶のある髪と、たくましい二の腕を持ち、つなぎのような外貌に弓を背負った少女。
あごに手をあてに腕組みをしながらかすかに唇をうごかしつぶやき続けている一見進学校の女学生の制服にしか見えない服に複数の金槌を腰にさした少女、だった。
「ソノカ、ココトワ、ナルです」
いっぺんに三人の名前を紹介される。
正直、その一挙紹介で、覚えられる自身はなかった。
「みんな、ヨルさんだ」
そして、ルビトは彼女たちにおれを紹介する。
「あ、どうも」と、おぱっか頭のソノカという少女がいった。
「おなじく、どうも」と、たくましい二の腕のココトワという少女がいった。
「最後も、どうも」と、金槌を腰にさしたナルという少女がいった。
みんな、どうも、で若干そろえて来た。
そして、やる気はあまり感じない。手に持った皿の料理を食べ続けている。
だめだ、さっき聞いたばかりなのに、もう名前がわからない。そう思っていると「ソノカ、ココトワ、ナルです」と、ルビトがまた教えてくれた。
おや、彼は、もしかして、おれの心が読めるのか。いや、表情に出ただけか。
「で、相談なですが」ルビトがこの邂逅の原点へ話題を戻す。
彼が空いている席に座ると、三人も座った
それから四人は、次々と、竜の払い方について質問を投げかけて来る。食事の手も完全にとまっていた。四人の質問は、ただ漠然と竜を払っている者には気づけない、違和感や、工夫への助言、疑問ばかりだった。
四人は終始、真剣な表情のまま、話し、いよいよ、店じまいの時間になってしまう。「ああ、すいません!」やがて、ルビトは我に返ったようにいった。「こんな時間になってしまって、あの、つい…」
「いいや、かまわないよ」
おれは心底からそう思い、伝えた。
四人の熱い想いを、知ることができた。今日は、貴重な日となった。
「あの、ありがとうございました」
礼を述べ、ルビトは立ち上がる。
ルビトは「じゃ、みんな行くよ」と、言った。
けれど、三人は「あ、まってまって、気持ちまて」「もうちょいだけ」「うん、まだ質問の在庫がある」と、言って並べた。
すると、ルビトは竜笛を吹いた。
「終了」
彼が宣言すると、三人の少女は名残りおしそうにしながらも大人しく立ち上がり、おれへ向け頭を下げた。そして、三人とも手を振りながら、ルビトについていった。
おれは手を振り返しながら思った。
ルビトは竜笛であの三人を引率してるのか。
笛の使用用途が間違っている。けれど、それで、うまくいってそうなので、指摘できなかった。
そして、ここの食事代は、なにげなく、おれの支払いである。
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