われおとずれる
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
竜は寒さには強い。
強いというより、平気といった方が、あっている気がしないでもない。
大地も凍る場所に現れた竜を払う依頼を受けた。街道の真ん中に、酒樽ほどの大きさの竜が現れ、みな通れずにいた。竜をさけるために、迂回が必要があり、物流がやや滞っている状況だった。
早朝から宿泊した町を出発し、凍った道を歩く。竜を払いへ向かう。
見渡す限りすでに一帯は雪景色化されている。何もかも白く、凍っている。けれど、地元の人からいわせれば、これでも、だいぶ雪もとけた方らしい。
氷の季節は終わろうとしているのか。とはいえ、身体の芯まで冷えそうな外気だった。おれは外套で身を固めつつ、霜柱を踏んで鳴らしながら進んだ。
霜柱。
なんだろう、よさそうな音な感触を得られそうな霜柱をみつけると、つい、踏んでしまう。わざわざ踏まなくてもいいのに踏んでしまう。これは、おれに残された童心部分なのだろうか。
考えながら歩いていると、やがて、川沿いに至った。川はまだ見事に凍っている。何も流れていない。
さほど川幅もないし、普段は流れも穏やかなのだろう。川の水は完全に凍っていた。
見ると、少し先に橋が架かっていた。橋にはたっぷりと、雪が積もっていて、まるで、雪でつくった橋に見える。
あの橋を渡るには、橋に積もった雪を蹴散らして進まなければ。
その時、ふと、考えた。
もしかして、橋まで歩くより、凍ったこの川を歩いた方が、近道ではないか。
いや、素人が凍った川を渡るのは危険な気がする。そう思っていると、川の向こうに人が現れた。
男性である。痛み切った長髪に、顔中髭だらけである。獣の毛でつくられた外套を着こんでいた。
彼は川向うのおれを見た。
「あなたが、そこにいるから!」
とたん、男性が川の向こうから叫んだ。
なんだろう、発狂かな。
「わたしはいまから、この凍った川を歩いて渡ることに挑戦できる!」
どうした。
完全に知らない人である。なのに、急にどうした。
察するに、つまり、もし彼がこれから凍った川を歩いて渡り、途中で、氷が割れた場合、おれが助けるから、大丈夫だよね、ってことかだろうか。
知らない人が、いきなり全幅の信頼をぶちかまして来た。
どうしよう、軽度な途方に暮れていると、男性は凍った川へ足を一歩おろした。靴の裏が凍った川の表面に着氷する。
そして、川の氷はすぐ割れた。男性の足は、ずぼ、っと川の中へ入る。足首まで浸かった。
それから男性は、無言のまま、足を川から抜いた。
この冷え切った空気の世界で、片足がずぶ濡れである。
冷たいだろうに。とはいえ、心の距離感があるせいか、同情しきれない。
すると、男性は、くわ、っと目をひらいておれを見た。
「こっ、これが貴様の狙いかあああああああああ!」
大きく咆哮した。
発狂なんだろうな、やっぱ、あれは。
もはや人類、最高峰のいいがかりである。そして、おれはいま、この凍った大地の上で、それをくらっている。
なんだろう、どこかせつない人生実施中である。
しかたない。とにかく、いよいよとなったら倒すしかない。やつけるしかない。
と、決めたとき、男性が踏んで割った川の氷の穴から皹が入った。はじめは細く小さく皹割れ、それはまたたくまに蜘蛛の巣状に広がり、大きくなり、やがて、川に張った氷が音を立てて連鎖的に割れてゆく。
ほどなくして、大崩壊が怒り、川は氷を浮かしつつ、流れを得た。
まるで凍りの時期の終わりの訪れである。
そして、川の向こうへ視線向けると、あの男性はもういない。
まるではじめから、そんな男などいなかったかのように。
「よし、気にするな」
おれは自身へ言い聞かせて、そして思った。
もしかして、あれが春の始まりを呼んだのか。
だとすると、おれの生涯で、もっとも、奇怪な春の訪であり、そしてまた、ほぼいらない思い出がここに生成された。
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