いえいえいや

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 竜は人の都合などかまわず、どこにでも現れる。

 ゆえに、竜を払って欲しいという依頼は、大陸のあちこちから来る。竜払いは依頼のある場所へ向かう。

 ときに竜の種類と場所によっては、最寄りの地域の竜払いでは対処できず、竜払い協会に指令された者がわ何日もかけて大陸を移動し、払いに行くことも稀ではない。

 旅暮らしであり、流れ者と化す。

 そして、とくに大陸内の移動距離が多い竜払いは、あることに直面する。

 どうしよう、家とか。

 かりた方がいいのか。

 特に単身の竜払いだと、この問題にぶつかりがちだった。

 たとえ一か所に居を構えたとて、年間、自身の家で眠る日の方が遥かに少ない。もし、竜を払った後、次に竜払い協会が割り振って来た依頼が家の近くである可能性も保証されない。

 いや、とうぜん、協会も多少の配慮はしている。それでも限界はある。特殊な案件は、やはり、特定の竜払いに割り振ることになる。

 もちろん、家族を持ち、居を構え、その土地近辺の竜を払う依頼しか請け負わない者もいる。けれど、その数は少ない。なにしろ、竜払いとして、そのまま最後まで生涯を過ごす者の数がすくない。

 なによりは、竜は人の運命を考慮しない。人のかまわずどこにでも、好きな場所へ現れる。

 竜払いは、そういうもののなかに身を置く生き方だった。自分で決めた生き方である。

 そんなことを考える時だった。

「竜払いのお兄さん、家、かりなさいよ」

 五十代ほどだろうか、真珠の首飾りも際立つ、あわい藍色の背広を身に纏った女性だった。

「ねえ、あなた、家かりなさいよ、いいわよ、おうちー」そういって、冊子を突き出してくる。「ほらぁー、この家とか、ねえ、いいわよー」

 場所は竜払い協会の支部の入り口である。建物を出たところに、攻めてこられた。接近である。

 うわさにはきいていた。彼女は竜払いを狙って、賃貸をすすめてくる職業のひとらしい。

 ついに、おれも遭遇する時が来てしまったらしい。

「あなた、見たところ、まだおひとりよね、うんうん、おひとりのはずです。でもまあ、おとこまえですのにねー、ふふ、ああ、でね、この家とかどうかしらー、いいわよ」

 ぐりぐりと肩に冊子を押しつけて来る。もはや、小攻撃である。

「あのね、両隣りお住まいの方々も素晴らしいばかりですのよー、あ、お家賃は、ふふ、ここだけの話してくださいね、お客さんは、とくべつに、お安くいたします、か、ら」

 独特か拍子の語尾をつけて迫って来る。

 彼女が冊子を広げて見せた部屋の間取りは、かなり広く、都でもいい場所にある。おそらく、彼女が提示したように、支払う家賃は相場よりかなり安いだろう。

「いえ」おれはきっぱり断った。「かりません」

 次に、あたまを下げて、彼女のもとを去った。

 理由は、かんたんだった。

 うわさには続きがある。

 竜はにんげんの都合に関係なく、どこにでも現れる。

 なかには払っても、気に入った場所へ何度も繰り返し現れる竜もいる。

 彼女が貸そうとしていた物件は竜がよく現れる家の可能性が濃厚だった。

 そこで竜払いに部屋を貸せば、竜が現れる度に、依頼しないでも竜を払ってくれる、そういう計算だろう。

 その手は知っていたし、聞いていあ。竜払いたちのうわさの絆をあなどってはいけない。

「あ、うん、すむすむ!」

 とたん、歓喜の声が聞こえ、振り返ると、二十歳くらいの竜払いの男があの女性へ向かい、うんうん、うなずいていた。

 そう、あえて、住む竜払いもいる。わかっていて住む、安価な屋地と引き換えに。

 それもまた、竜払いの生き様だ、そう思いながら振り返る。彼は、これでもかというほどの浮かれた表情をしていた。

 いや、彼、きっとわかってないな、これからの家での生き様。

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