しゅるいふめいのさくしゅ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
その日は朝から曇り気味だった。土地にある竜払い協会の支部の職員からある頼みごとをされる。
竜払い協会とは、この大陸内で発生する竜を払う依頼を一括管理し、現場へ依頼内容に適任の竜払いを送り込むなどの機能を持つ組織である。竜払いの依頼を一括管理するので、料金の平準化も果たしている。
で、竜払い職員の頼み事いうのは、ある高名な物書きの人がいま、竜払いの実態について本を書くために取材をしているらし、そして、その物書きの人を、今日おれがこれから行う竜払いの現場へ同行取材させてほしいという内容だった。
個人的に、取材というものに、いい思い出がない。以前、取材なるものを受け、小規模な精神的負傷をさせられた。
けれど、竜払い協会には世話になっている。無碍にはできない。
いや、まて。
まえも、この無碍にはできないという、気遣いにより、やりきれない体験をくらったが。
けれど、まあやはり、無碍にはできない。
おとなになれ、ヨル。
おとなであれ、ヨル。
「あの、その人は現場までついて来るんですか、竜を払う」おれは頼んで来た職人へ告げた。「もしかしたら、死んだりしますけどいいですか」
「ああ、かまいませんよ」職員はきっぱりといった。「自己責任ということで」
その職員としては、あくまで業務的な引継ぎ案件らしい。そこでおれも「そうですか」と、いって、そのやり取りを終わらせた。
そして、現場へ出発する前に、協会支部の前で待ち合わせをした。早朝、曇りだった空は、午後に近づいて、まだ曇っていた。
「いやいや、どーも、どーも」
やがて、娯楽旅行めいた軽装備の男性が近づいて来た。三十歳くらいだろうか、鞄を肩にかけている。標準の態勢が腰が低く、その低姿勢ぶりが全身で表現されていた。
その後ろには貫禄のある五十代ほどの男性がいた。全身が白い服で、黒い色眼鏡をかけ、花のがくのようなかたちの白い帽子をかぶっている。
白い帽子の男性は、たっぷりと貫禄のある足取りでこちらへやって来た。大御所感を、なにひとつも隠していない。ただもれている、うち放っている。
対して、低姿勢の男性は「いやー、おまたせしまいたー」と、いいながらおれとの間合いを詰めてくると、名刺を差し出して来た。「わたしくは、せんせいの助手をしている、こういうもので」
名刺を受け取り、おれはとりあえず「こんにちは」と、あいさつを返した。
「この度は、ね、ええー、せんせいの取材にご協力していただけるということで、はは、たいへん、ありがとうございますー、いやー、こころ、広い方なのですね、たすかりますー」
軽快な口調といっていいのか、助手の男性はそういって、笑ってみせた。
いっぽう、白い服に黒い色眼鏡をかけた、せんせいの方は、助手の斜め後ろに立ち、ただただ、貫禄を放っている。
一言も発する様子がない。
「で」助手の男性が手を、ぱん、と叩いていった。「今日の取材の内容はですね、せんせいがこのほど書かれる本に掲載される可能性があります。こー、現代を激しくも儚く生きる、竜払いの実態に、肉迫する、すべて真実の物語というべきか、せんせいは、そういうものを求めておられましてー、ええ、というわけで、よろしくお願いしますね!」
そういわれても、どう答えていいものかわからず「では、出発しましょうか」と、払うべき竜がいる現場の進行方向を指さして告げた。
そして、おれは歩き出す。
すると、背後から「え」という声がした。
振り返ると、せんせいが、助手の男性をそばに寄せ、何かを耳打ちしている。距離がありので、内容はおれにはまったくきこえない。
「あの」やがて、助手の男性は、おれの方へ近づき、小声でいった。「すいません、もう一回、やり直してもらっていいですか」
やり直してもらっていいですか。
一瞬、何を頼まれたのかがわからなかった。
「いえ、あの、せんせいがおっしゃるには」と、助手の男性が続ける。「もっと、こう、決意に満ちた表情というべきか、そういう感じで、出発してほしいと」
そう発注してきた。
つまり、演じろ、と。
思って、おれはせんせいを見る。いまさっき、この助手は、真実に迫るだとか、なんとか言っていたが、開始地点から、いきなり虚偽の行動をとれと。
すると、ふたたび「え」と聞こえた。助手の男性が、せんせいからまた耳打ちされている。
今回も、おれにはきこえない。
で、助手の男性は戻って来た。
「あの、竜払いさん、ちょっといいですか」
「だめです」
と、返したが、助手の男性は続けた。
「せんせいがおっしゃるには、いま、せんせいが指示した、虚偽の竜払い像の要求を聞いた貴方の表情が、あまりに薄いため、できれば、強烈な、拒否反応とかを一発、どかんとしたりしていただいて、ええい、真実を求める書き手が、そんなことでいいのかぁー、みたいな、激しい反発の表情がほしいとおっしゃってます」
「すいません、至近距離による伝達やめてもらえますか。顔が近いです」
要求内容を無視し、そこを注意すると、助手はまたせんせいに呼ばれた。
耳打ちされ、おれの方へもどってくる。
「あの、せんせいがおっしゃるには」
「いやもう、せんせいが直接おれにおっしゃってもらう形式にしてもらえますか。時間の無駄で発狂しそうですから」
「はい、せんせいがおっしゃるには、小さなことに、大きくごねる竜払いの実態に迫れた、いい取材ができたぞ、と、こころの狭い竜払いの正体がわかったと、なので、今日は、ありがとうございます、と」
「なら、帰れ」
おれは手加減を外して告げた。
「光のはやさで帰れ」
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