せいかくでみうしなう
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
手持ちの地図があやしい。
この地図は、どうも古いそうだった。
新しそうな道がなかったり、地図にあるのに町がなかったりする。
この大陸に船でついたとき、露店で購入した地図で、じつに、安価であった。
しかたない、新しい地図を入手しよう。
旅は、なるべく常に最新の情報を持って動くべきである。地図が古かったせいで、致命的な事態に陥るとも限らない。
とにかく、新しい地図を入手せねば。
と、思い、依頼を受け、竜を払い終えた後、比較的大きな町へ立ち寄り、地図が売っていそうな店を探す。
町の中でも、多くの商店が立ち並ぶ大通までやってきた。すると『地図屋』という、看板を入り口に掲げた店を発見した。
なんとも、まあ、おあつらえむきである。
おれは店の扉をあけて、中へ入った。店内は地図だらけである。見ると、この大陸の全体図と、各地方の地図、児童学習用の柔和な構成の地図もある。
看板通りだった。
なによりである。
店の奥には大きな台があり、そこに店主らしき三十歳くらいの男性が大きな地図を広げていた。腕組みをし、右耳には木製の定規、左耳に筆をひっかけている。
君よ、そんなふうに、耳に筆をおいたら、こめかみに、墨がつくのではないか。
などと、心配しつつ、彼へ「あの」と、声をかけた。「こんにちは」
「はい、どぉーも」
彼は目を合わせずないまま接客を開始する。
で、視線はずっと、地図に定めていた。
話しかけては、具合のわるい場面だったのか。
けれど、新しい地図はほしい、必要である。
とりあえず、このままいってみよう。
心に決めて、おれは訊ねた。「地図が欲しいのですか、ここで買えますか」
「買えるぜ」
と、彼はやはり目を合わせずに応じた。
「どんな地図がいるんだい」
「はい、大陸全土が描かれた地図がほしいです」
「うちの地図は鮮度がいいぜ。この大陸のどこの地図屋より、最新の地図だ、鮮度に命かけてるからな」
そうなのか。
おれは「では、ひとつ、売ってください」と、頼んだ。
「はいよ」
彼は徹底してこちらとは目を合わさず、棚へ向かい、四つ折りした地図を取ろ出し、一度広げ、確認して、うなずきおれへ差し出した。
「ほれよ、最新も最新の地図だ」
「どうも」
「いいかい、繰り返すが、うちの地図は、どこよりも、鮮度が高いからな」
「それは助かります」
受け取った地図を眺める。
おや、そういえば、ここに道があったような。けれど、この地図にはない。
教えてあげようか。
その瞬間、扉があいた。
「あー、あのさ、あのさ」どうやら旅の商人のようである。手にはおれが買おうとしているものと同じ地図を握っていた。「あのね、さっき買ったこの地図ね、なんか道ちがってたよー、この先に出来た道が描いてなかったんだけどね、その………」
「なんてこったぁぁぁ!」
とたん、店主は旅の商人の手から地図を高速で、ひったくる。
それは理性を放棄した獣のような動きであり、むろん、お客にやるべきではなく、ほぼ蛮行といっていた。
「ど、どこだあ!」そして、地図屋の店主は、血走った目で商人へ迫る。「ど、ど、どこだあ! どこがちがったんだああ! いいいええええ!」
大迫力で旅に商人へ迫る。
商人は気絶しそうになっていた。それでも店主は手をゆるめない、そして旅の商人から地図の不備を聞き出すと、その場で地図を筆で修正した。
「地図をぉぉ! 最新に地図にいいいいいい!」
仕事熱心。と、いえる領域ではない。
発狂と認定しても差し支えない勢いである。
そして、地図の修正を終えると、彼は額の汗を手で荒々しくぬぐいながらいった。
「あぶねえ、ところだったぜ………」
常に最新の地図を提供する地図屋か。
彼の地図なら、道を見失うことはないかもしれない。
けれど、彼自身は、人として何かを見失っている。
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