はなしておきます
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
カルは十三歳の少年だった。ある日、遭遇し、その後、おれは追跡された。
礼儀ただしいけど、運動は苦手そうである。高いところも苦手らしい、いぜん、高いところにかかった橋をすんなり渡れなかった。
で、どうやら彼はおれへ、竜がらみのことで、頼みごとがあるらしい。それなりの事情がありそうだった。
いま彼は、おれて同じ、この宿に滞在している。けれど、おれは彼から聞くのを、避けるようにしていた
いや、単純、あの竜を払ってほしい、この竜を払ってほしい、という竜払いの依頼なら話は聞く。おれは竜を追い払う、竜払いである。それが生き方だ。
けれど、カルは出会ったとき『竜の謎』を解くのを手伝ってほしい、という、なかなか単位の大きなことを口走っていた。
そこに、つよい懸念があった。この大陸はいま、竜の数が減っているという。しかも、原因は不明だった。おれの知る限り、どの大陸でも、竜の数はなかなか減らない。この世界で、竜には決定的な天敵もいない。
いや、時折、人に倒されることもある。とはいえ、一頭の竜を仕留めるのは大変だった、むしろ、人の方の圧倒的に数を減らすことの方が多い。
まて、そういえば、まえに竜が減った土地にいたこともあった。けれど、この大陸ほど、極端に減ってはいなかったか。
とにかく、総じて面妖な状況ではある。この状況で『竜の謎』を解く、というようなことにかかわるのは、やっかいな何かに紐づいている予感が濃い、
かりに、おれがカルを聞き、この件にからんだことがきっかけで、彼自身が危険な状況に陥る可能性もありうる。
ゆえに、安易に力をかすのは、ひかえるべきだった。
と、そんなことを思いながら、外から宿へ戻った。
扉をあけた。
「あ、ヨルさーん、おかえりなさーい」
すると、宿の主である彼女、リンジーが声をかけてきた。
二十四、五歳の女性である。
彼女は大量の洗濯物がつまれた籠を、こにこにした顔をしながら運んでいる途中だった。
なかなかの力持だ。
「あ、そうそう、ききまたよー、カルくんって、竜の勉強をしているんですってね!」
リンジーは、はつらつとしゃべりだす。
「なんでも、小さい頃は図書館でいっぱい本を読んで勉強したそうですよ! しかも、頭がすごくよくって、その勢いで若くして、ぎゅーん、と進学して、十歳くらいで大学へ入ったそうでよ、もうびっくりですよね! 語学も堪能で、古い言葉の解読もすいすいできるそうです。あ、そうそう、じつは大学から特別に、研究費? っていうのですがね、お金だしてもらって、いま、この大陸に調査に来たんですってー」
リンジーは、にこにこしながら、一挙にそれらを言い放つ。
しまった、不意打ちでカルの事情を少し知ってしまった。
「でも、かわいそうなことに、あの子がこの大陸に来て、調査のために雇った人たちはお金を払ったらどこかにいなくなちゃったんですって。ひどい! ひどすぎです! ゆるせません。けっとばしてやりたい! 子どもから、お金だけとって、働かないなんて!」
リンジーは、わずかに頬をふくらませる。 ご立腹の表現だった。
いっぽう、さら彼の事情を知ってしまったぞ。
「でもね、つらいことに、予算の関係で、もうべつの人を雇う余裕はないんですって! あとは自分の滞在費だけしかないみたいです。あ、だから、うちでちょっとだけ働いてもらうことにしましよ。でも、子どもさんですから、むりはさせません、うんうん」
うっ、苦学生設定も知ってしまった。
「しかもですね、じつは、この大陸で竜が減っている理由を調査しに来たのは、この大陸へ来るための後付け理由なのです! 本当は、本当はですね、何年か前に、この大陸に来て、ずっと戻ってこないお姉さんを探すため―――なんです。カルくんは、まだ子どもなので、この大陸にいけるだけのお金を稼げない、でもでも、調査の名目なら大学から予算が出るって知って、どんどん勉強して、ようやく、いまここにいるですって!」
つまり、竜の謎を調べに来た、というのは表向きの理由で、本当の理由は、戻ってこない姉を探すため、この大陸へ。
という、事情も知ってしまった。
どうしよう。
「あ、そうそう、あと―――」
まだ、あるのか。
「もしかするとですね! この大陸で竜が減っている理由をみつけることが、消えたお姉さんをみつけることにつながるかも、って! 竜の謎を解けばわかるかもしれないそうですよ、ヨルさん! お姉さんも見るかるかもですよ、ヨルさんっ!」
リンジーは、にこにこした顔で、かなり接近して来ている。
いつの間にか、彼女は持っていた洗濯籠も床へ置いていた。
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