ほんにやぶれ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
竜が近くに、現れると人間にとって迷惑きわまりない。
とはいえ、竜は人間の都合に合わせて現れたりしない。竜は突然、人の暮らしのそばに現れる。
いや、むろん、逆にまったく現れないこともある。
竜が現れない、安定した日々が過ぎてゆくこともある。そうなると、竜を払って生きる竜払いの役目は無い。ゆえに、どこかで誰かの迷惑になっている竜が現れるのを待つのみである。
依頼を待つのも竜払いの生き方の一部だった。
そして何時、竜が現れるかわからないので、待機の間、身体能力の維持するための鍛錬と、道具の手入れはおこたれない。けれど、それらに投じる時間も、一日のうちそう長くもない。竜払いは依頼がこないと、やがて、時間を持て余す。
そこで、読書の登場だった。個人的なはなし、本を読みながら、そのときを待つ。
優れた作品を読んでいると、時間を感じないし、それに日に一度、少量でも文字を読むと、どこかで安堵する自分もいる。
なので、日々、読む本を途切れさせないようにしていた。
けれど、今日、いままさに、途切れそうである。そこで滞在している町で本屋を探した。けれど、探したものの、けっきょく、町に本屋なさそうだった。いっぽう、捜索の最中に得た情報によれば、とある雑貨屋に、数は少ないものの置いている本が置いている可能性があるという。
そこでその雑貨屋へ向かった。店舗の軒先には、無数の箒が吊るされ、販売されている。雑貨屋ではなく、むしろ、箒屋という様相を呈していた。それでも、本の存在を信じて、中へ入る。
中は、ありふれた雑貨屋だった。食品、日常品、嗜好品の類が陳列されている。
「あい、いらっしゃい」
丸に、点、みたいな目をした中年の男性が出迎えた。丸い赤い帽子をかぶっている。
おれは会釈をした後、店内へ視線をめぐらす。けれど、本棚はなさそうだった。
そこで訊ねた。
「あの、本が売っていると聞いたのですが」
「ああー、本ねえ」
「はい、本です」
「あるよ、二冊だけ。古本だけどね」
二冊か。いや、あるだけありがたい。
で、なんの本だろう。
「あそこの棚だよ」と店主は指さす。「珍品だよ」
珍品。
やや、気がかりを発生させる情報を添えられた。
いや、その情報はとりあえず、いまは泳がそう。そう決めて、店主が示した棚へ向かった。
茸の乾物、薄荷棒の合間に、二冊の本が置いてあった。たしかに、古本のようでる、表紙もひどく傷んでいた。どちらも別の作者による小説らしい。読んだことない本だった。
珍品といっていたし、もしかして、値段が高いのか。
おれは値段の探りを入れるため、漠然と「あの、この二冊は」と、店主へ話かけた。
「いやー、その本ね。じつは、二冊ともちょっとだけ、やぶけてるんだわ」
破損をしているのか。
だったら、安いのではないか。と、即座うちに希望的観測が発動した。
「あのね、片方の本は冒頭が破れてるの、片方は最後がやぶれているの」
なに、つまり、片方は物語の最初からは読めず、もう片方は物語の最後が読めないのか。
まいったぞ、始まりと終わり、どっちも物語りとって重要なものなのに。
「あー、だからね、わたしが書き足しといた、本に」店主は奇怪なことを言いだした。「どっちも読んだことがあったから、わたしなりの、誠意で」
それは、誠意なのか。
とはいえ、いま、ここで手に入る本は、この二冊のどちらかである。
おれは冒頭が破れている方の本を手とり、めくった。
冒頭の開始の一文を読む。
『そこは広大に広がった広大な大地でやんした』
意味が重複かつ、語尾が、やんした。
こ、こいつは、きびしいぜ。
おれは本を閉じた。そして、もう片方、最後は破れている方を手にとり、最後の一文を見る。
『みんな笑ったのでやんした。わっはっは、悪の帝王を倒したので、めでたしで、やんした』
本を閉じる。
本を棚へ戻す。
店主へ一礼する。
それから、店を出た。
本は欲しかった。
けれど、本はやぶれていた。ただし、本当に、やぶれたのは、おれの心でやんした。
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