ほんこころ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 竜を払った町で、またまた本の市場が開かれていた。町の広場一帯に展開された露店はすべて、本屋である。

 この町では定期的に、近隣の町にあるさまざまな本屋が本を持ちより、店先に並べて売る本の市場を開催しているという。

 本を読むのは好きだった。いい本に出会えるといいな、と願いつつ、本の市場へ向かう。会場は大盛況だった。空はよく晴れていている。地面へ直接ならべられた本から、棚におさまった本など、店によって、陳列方法には個体差があった。市場をめぐるのは、大人から子どもいた。みな、求める物語を求め、あるいは、欲する知識を欲して探し回っている。

 そして、おれもまた、みなと同族である。なにか、良き本を探し、人々の合間を通って本の市場をめぐっていた。

 やがて、その露店まで来た。大きな本屋なのか、木製の棚がいつくも並べてある。もはや天井のない本屋の状態だった。青空の下、大規模に展開し、雨をも恐れない姿勢の本屋だった。

 気に入った。

 おれは店番をしていた女性へ小さく頭をさげつつ、棚の前に立つ。そこには名作と呼ばれる小説がそろっていた。品揃えもいい。

 なかにはすでに読んだことのある本もあった。

 本棚の前に立ち、本を眺めていると、ふと、おれの左右から同じ本棚を眺めつつ、ほとんど同時に右から少女、左から少年がおれを挟み撃ちにするかのように近づいて来た。どちらも十五歳前後で、どちらも同じような感じの学校の制服らしきものを身にまとい、製造元が同じような鞄を背負っている。どちらも、熱心に本棚を見ている。

 互いに利発そうな顔立ちをしていた。少女の方は長い髪が、妙につやつやだった。少年の方は、散髪したてのようである。ともに、同じような、背丈だった。

 ふたりに左右から同時に間合いを詰められる。おれは邪魔になるといけない、と思い、棚から離れて、隣の棚へ移動した。

 おれという遮蔽物が消え、やがて、少女と少年は、本棚の真ん中あたりで、互いの接近に気がつく。

「あ」と、少女は声を漏らし、彼を見る。

「あ」と、少年も声を漏らし、彼女を見る。

 互いに、小さな驚きがあった。

 そして、次の瞬間、互いに、険しい表情をした。

「なによ」と、彼女がいう。

 とげとげしい。

 彼が「なんだよ」と、彼が言う。

 こちらも、とげとげしい。

 お互い、面識がある感じだった。けれど、良好な関係ではなさそうである。

 ふたりは本棚の前で睨みあった。

 どうしよう、治安がささやかに悪化した。おれのせいだろうか。

 と、思っていると少女が「ふん」と、わざとらしく鼻をならした。それから、棚にささった一冊の本を指さす。

 おれが読んだことがない本だった。有名な本であることは知っている。とても難解な内容の物語、と聞いたことがあった

 で、彼女はいった。「わたし、これ読んだことあるし!」

 かすかに胸をそらし、誇るように。

 すごいな、あの子、あの本を読んだことあるのか。おれが感心していると、少年はあわてて棚を見回し、わかりやすく、あった、という表情を見せたかと思うと、とある本を指さしていった。「ぼくはこれを読んだし!」

 彼が読了したと宣言した本もまた、難解と言われる本だった。

 とたん、少女は「あ、じゃあ、わたし、これも読んだし!」と、また、別の難解な本を指さす。

 すかさず「なら、ぼくはこれも読んだし!」少年が、別の難解な本を指さす。

 で、一度、静寂になった。

「わたし」そして静寂はやぶられる。「これも! あと、これとこれ! これも読んだし!」少女は乱れ撃ち式で次々と本を指さす。

「ぼくは!」と、少年は負けじと「これだ! で、これとこれ! で、これも読んだし!」と、難解な本たちを指さす。

 たたかって、いるのか。

 読書完了した本で。勝利条件の基準が見えてこないが。

 とにかく、奇怪なたたかいが、いま、ここに開始されてしまっていた。ふたりは、きっと、学校でも、好敵手なにかなのだろう。たたかいが終わる気配はなく、むしろ、激しさを増し、ふたりは自分が読んだことのある本を「これ読んだし!」「これ読んだし!」と、叫んで次々に指さし、競ってゆく。

 勉強家なのだろう。けれど、こういう意地張り合いをしない人間になるための知性を得る方面の勉強は欠損しているとうだった。

 いずれにしても、すごい読書量だった。どちらも負けていない。

 やがて、すさまじい勢いのまま少女がとある本を指さした。「わたしこれとか大好きじゃ!」

 同時に、彼もすさまじい勢いで「ぼくもこれ大好きだからああ!」と、指さす。

 ふたりは同じ本を指さしていた。

 その本のことは、おれも知っている。有名な本だった。若年層に人気の、恋愛小説だった。とても、胸が、ときめくような内容らしい。

 これまで両者が指さして言った本とは毛色が違う本だった。なぜか、その本が棚にささっている。

 それを同時に指さし、そして、好きだと告白したふたりは、そのまま固まってしまった。

 そんなふたりの距離は、かなり近い。

 やがて、ふたりの顔が赤くなる。

 そこへ店主が言う。「恋していいから、君ら、なんか買えよな」

 ああ、ふたりの物語を、経済が攻めてゆく。

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