ごあついことで
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
ここの五冊の本がたてに並んでいる。
この本屋の棚へおさまっていた。光沢の消えた背表紙をこちらへ向けていた。
第一巻。
第二巻。
第三巻。
第四巻。
第五巻。
と、全五巻。小説で、五巻が最終巻だという。
知る人ぞ知る有名な作家の小説であった。それはつまり、知らない人は知らない小説家を意味する。
と、そんな、あたりまえのことを想いつつ、おれはその棚へ横並びでおさまった五冊の本を見える。その小説は、この街の、ある思想に傾倒してゆく一族の長い物語だという。
その思想については、この小説を読んでいないので、いまのおれには語ることはできない。けれど、この五冊を読んでいなくとも、わかることはある。
そう、誰であろうと、読んでなくとも、見ればわかる、その背表紙。
全五巻。その第一巻は、およそ、四十年前に発行された。
そして、最終巻である第五巻が発行されたのは去年だった。四十年という悠久ときをかけて、完結した小説だった。
その第一巻は、三百枚くらいの、読書量としては、読み手にさほど負担のかからいだろう、ほどよい厚み本だった。
そして、二巻は一巻より、やや、本の厚みが増す。三巻は、二巻と同じ厚みだった、四巻は三巻と同じ厚みである。
聞けば、一巻から四巻までは四年間で出版された。
けれど、最終巻となる五巻は去年出版された、すなわち、四巻から三十六年後に出た。
そして、五巻だけ、辞書みたいな厚みである。
いいや、辞書を遥かに上回る厚みだった、その厚みは、読む前から読み手の読書心を蒸発させて消し去らんばかりの存在感であり、背表紙の広さだけで、他の本の表紙と、そう大きさがかわらない。
きっと、読みにくいにちがいない。
なぜこんなことに。
最終巻は四巻から三十六年後に出た。きっと、長い時間をかけて書かれたため、物語りも長くなってしまったのではないか。
いや、だったら、小分けの巻数にすればいいだろ、そう思う人もいるだろう。
あるいは、作者が、どんなに本に異様な厚みをもったとして、一冊にして出し、読者へ与えたい物語の印象を守りたかったのではないか。
と、そう思う者もいるだろう。
おれもそう思っていた。
そんな過去の自身思いだしつつ、棚へ手を伸ばす、第一巻を手にとる。
ありふれた厚みの本だった。手に持つと、本が有する安心感の感じる丁度いい重さがだった。本をひらくと、そこには物語は硬質な文体で物語が書かれていた。
一巻を棚へ戻し、二巻を手にとり、ひらく、重くはない。そして、やはり、硬質な文体で小説がしたためられていた。三巻、四巻も同様だった。
そして、五巻を棚から抜きだす。取り出すとき棚が、ここん、と少し揺れた。ずっしりとした紙のかたまりである。ひとつの煉瓦ように、重い。
四巻から、三十六年後に出された第五巻。
おれは本来、竜を払うために、剣を振るために備えた腕力を駆使しつつ、重く、分厚い五巻をひらく。
そこには、やはり、硬質な文体で物語が紡がれていた。
だだ、文字がすごく大きい。
すごく大きい字で。長い文章が印刷されている。そのため物語の長さ自体は他の巻と変わらないが、使用する紙の枚数が超大に増えたのだという。
四巻から、三十六年後に出されたこの続巻。
きけば、続巻を待っていた読者たちも、すでに厚く年齢を経ていて、目も、けこうきているらしい。
だから、文字を大きくすることで、往年の読者の老眼化に応じた仕上がりに。
おれはそこそこの腕力をつかい、五巻を静かに本を棚へおさめ、少し考えから「やさしい本なんだな」と、つぶやいておいた。
ここは感心で、じぶんを、まるめこんでおこう
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