ここでのおしえ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 昼過ぎ、強引に街へ連れ出される。

 エマから手伝いように言われた。街の中に存在する、小さな森へ逃げ込んだ、小さな竜を、ともに捕まえることになった。

 この大きな街の中には小さな森がいくつもある。そして、小さな森の中では、よく人々が安らいでいた。なにかを祈っている人の姿も見かけた。ただし、竜を捕まえている間は、関係者以外は森へ立ち入れなくなる、どこからともなく黒衣の竜払いがやってきて、その森への入場を規制した。

 森へ逃げ込んだ竜を捕まえるのは、黒衣を着ていない竜払いである、エマだった。彼女は赤い髪を振り乱し、虫取り網を使い、走って竜を捕まえる。おれはいまこの街で、彼女の竜払いの手伝いをしていた。彼女との最初の出会い方のゆがみが、そのまま、ゆがんだ人間関係を生成してしまった結末けっかともいえる。

 やがて、森で小さな竜を確保した。この次は捕まえた竜をしかるべき場所へ持って行く流れとなる。

「あのさ」すると、彼女はいった。「これ、わたしひとりの功績にしたいからさ、竜はひとりで持って行くよ、褒められることを独占したい」

 なんの気兼ねすることなく、濁った欲望を発表してくる。

 おれは「そうか」とだけ返した。

 彼女は竜を背中に背負った籠へ入れ、行ってしまった。まだ森の入り口に黒衣の竜払いが立っていたので、小さく頭をさげる、無視された。

 知らない人と話してはいけない、という規則があるのかもしれない。

 それはそうと、今日は竜を捕まえたわけであり、厳密には、竜を払っていない。これでは、竜払いではなく、竜の捕獲業者である。

 いや、竜払いもまた業者の範疇か。

 むしろ、人は、みな、大きくいえば業者か、業者以外である。

 などと、単位の大きいことを考えてもしかたがない、生産性は零だ、と、思いつつ、ふと視線を向けると、小さな森の隣の建物が美術館であることに気づいた。

 さほど大きくはない。簡素な外観ではあるが、ところどころ、壁には見事な彫刻が装飾されている、鹿が多い。

 鹿の美術館なのか。

 そうだな、時には文明人として。美術館で、美術を見て、この心へ水を与えよう。

 おれは、まずは腰へさげている剣が不用意に鞘から抜けないように、紐でしばり、美術館の中へ入った。

 料金を支払い順路にしたがい館内をめぐる。

 みんな、絵が上手だな。

 と、ここでも単位の巨大な感想を抱きつつ、館内を歩く。

 やがて、館内の広場へ出た。

 すると、そこに街が広がっている。木製でつくられた、この街の全体の縮小模型だった。

 街の中心を流れる川があり、木でつくられた建物が置かれている、小さな森もあった。まるで空から見下ろしたように、この街の全体がよくわかった。

 なるほど、街にはこんなふうになっているのか。感心し、しばらく街の模型の前に立ち眺めていた。

 すると、初老の男性が近づいて来た。紺色の背広を着て、眼鏡をかけている、髪も髭も白い。

 彼は手を腰の後ろで組みつつ、おれの隣に立った。

 殺気はない。

 おれは「こんにちは」と、あいさつした。

 彼も「こんにちは」と、返してくる。「熱心に、街を見ておられるようですね、あ あ、わたしは、この館の、館長をしている者です」

 その身分をあかす。そのとき、美術館の職員らしき女性が「あ、館長、書類だしてきます」と、声をかけた。

 彼は「ああ、頼むよ」と、答えた。で、おれの方を見て、微笑んだ。

「この街は、はじめてですか」

 問われておれは「はい、まだ来て日は浅いです」と答えた。

「そうですか」館長は柔和に受け止めて「なにか、お困りごとはありませんか」と、訊ねて来た。

 困っていること。そうだな、困ってはいないが、気になることはある。

「この街には小さな森がありますよね、あれはいったい」

 聞くと館長は一瞬、きょとんとして、それから微笑んで答えた。

「王の森です」

 ああ、そうか、おれはきっと、いまこの街の大常識を聞いた。彼の反応で理解した。

「汝、善良な生命であれ」

 ふと、彼がいった。

「王は見えず、消えず、されど、或る者で或る。手を触れることはできずも、つねに傍に在りて、王は我々を見れておられる、すべて知っておられる」

 まるで、すぐそこにあるのに見えない石碑へ刻み込まれたものを読み上げるみたいに言う。

 やがて、彼は苦笑して「いえ、いまのは、わたしが心のままに言っただけの言葉ですがね」と告白した。「この街には王はいらっしゃるのです、王は我々を見守っておられます、いつもです。そして、あれらの森は、王を感じるためにあります。それに、言い方をかえると、森の存在は福祉ですね」

 福祉。

 森が福祉。

 そういうものなのか、あの森は。

 そう説明されて、おれはあらためて街の模型の中に点在する小さな森を見る。

 王を感じるための森であり、福祉。

 王がいる街なのか。王とは、いったい。

 いや、まて、そういえば、どこかで聞いたような気がしないでもない。けれど、思いだせなかった。

 ここは三百年間、竜に滅ぼされなかった街だ。この街について、おれの知っていることは、まだまだ少ない。きっと、そういうことを知らなくても、生きていけるのか、大きな街ではあるが。

「それでね、お客さん」

 館長は微笑みながら声をかけてきた。

「館内に剣の持ち込みは禁止です、どの美術館でも罰金ですよ、料金三倍」

 それは美術館へ入るまえに、おしえてほしい。

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