りゆう

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 その日の依頼は、ある家のなか入り込んでしまった竜を追い払って欲しいという依頼だった。

 きけば竜は大人の牛ぐらいの大きさだという。竜にしては小さい方だが、それでも人間が手を出すには充分危険だった。下手をすると、口から炎を吐かれてしまう。

 現場は町外れで、真昼でも暗い森のなかだった。依頼人の男性が案内し、やがて彼は見えた家を指をさして言った。

「このなかに竜が」

 見ると、かなり古そうな家だった。ふだんは人の出入れがないのか、建物じたいに生気を感じないし、老朽化もみられた。

 さっそく窓からなかをのぞくといた。竜だ。たしかに牛ぐらいの大きさだった。いまは家のなかで白鳥みたいに翼をたたみ、長い首を胴へ添え、目をつぶり、眠っている。

 そして、気づく。

 家の入り口より、なかにいる竜の身体の方が大きい。

 しかし、その入り口も壊れてはいない。

「竜はどうやってこの狭い入り口からなかに入り込んだんだ」

 疑問を口にすると、依頼人は「はい、そこが謎なんです」と言った。

 竜の大きさから判断するに、ぎりぎり入り口の幅がたりなそうだった。けれど、やはり入り口はどこも壊れていない。

 そこで、いまいちど依頼人を見た。

「さっきの口ぶりから察するに、他に入り口はないんでしょうね」

「ええ、ないんです」

「どうやって入ったんだ」腕を組み、ふたたび考える。「あの、竜はいつからここ」

「三日ほど前から、ここに。なかでずっとじっとしてます」

「そして、このなかから追払いたいんですよね」

「はい」

 うなずかれ、家を見る。

「あの、きっと、この家から追払うとき、そこそこの蛮行におよぶので、確実にこの家が破損しますが。そこのところは、どうします」

「いえ、できればどこも壊さないようにしていただけますか。いまは誰も住んでいませんが、母親の生家に似てるんで」

 微妙にその思い入れを理解しづらく、そして、無傷であれという。

 要求される理想がたかい。という、一言をなんとか飲み込んで、ふたたびなかをのぞく。

 とたん、竜が目をあけた。

 かと思うと、竜は身体を持ち上げ、翼をひろげ、床をけった。

 そして、天井から一直線に飛び立った。竜は人間を威嚇するように、炎を吐き、あとはそのまま彼方まで飛んで行った。

 そして、もう戻ってこない。

 どうやら、ここには休憩のためにいたらしい。

 やがて、そばで腰を抜かす依頼人を支えつつ、家のなかへ入ると、天井に大きな穴があいていた。焦げているし、竜が吐いた炎で天井を焼いてこの穴をあけたらしい

 どうやって竜がなかに入ったのか。じつに他愛もない理由だった。この家は暗い森のなかにあるし、ぱっと見、天井がないこともわかりにくかったのもある。

 やがて、依頼人は心が立て直せたのか口を開いた。

「いま、あの竜」

「はい」

「鼻の穴から炎を吐きましたよね」

「見間違いです」

 そう言った後。

「しかし、だとすると、天井は鼻から出した炎で焼かれたことになる」それを口にした。「この家は、竜が鼻から出した炎に天井を焼かれた家ということに」

 言葉にしてから、それは、わざわざ言葉にする必要もないなと思ったりもした。

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