いけるところまで

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 消耗品を仕入れるため市場へ向かうと「ほいほい、そこのお兄さん、いい商品があるよ。すごーく、いいんだから、いいんだってば」と、ある店先にいた男性にぬるりと声をかけられた。

 見ると、なにか布類を売っている店らしく、とにかく店内は布だらけだった。

 立ち止まる気はなかった。

 けれど。

「お兄さん、竜払い関係のお仕事しているでしょ」

 と言われ、立ち止まってしまう。

「ぼくにはわかるんだよ」男は腕を組みながら、うんうんとひとりうなずく。「こうやって、一発で竜払いと見抜く男を、はは、にいさん、無視できまいよ」

 発言はいまいちだったが、完全に立ち止まってしまってから無視するのも人として礼儀知らずな気がした。

 それで、しかたなしに反応した。

「あの、なにか」

「見たまえ」

 男はこちらの問いはないことにして店先においてあったものから布を剥がす。

 そこには鎧があった。頭から手足の先まで、完全に覆い隠す種類の鎧だった。

「これは画期的な商品である」と宣言し、にたりと笑った。「竜と遣り合う者にとっては、優れて優れてたまらない、そんな商品だ」

 言われた後で鎧を見る。なんら変哲のない鎧だった。どちらかといえば型も古臭い。

 どこが画期的なんだろう。あやしげな相手にもかかわらず、つい、好奇心を走らせてしまう。

「これを着れば、どんな無能な人間だって、竜を払えるようになるんだ」

 やや、気になる言語表現を駆使して、なかなか大きなことを断言してくる。そして、また、つい気になって「着るだけでで、ですか」と、反応してしまった。

「まずこの鎧を着る」指さす。よく見ると、かなり重そうだし、着れば身動きもほとんど出来なくなりそうな代物だった。「そして、竜の元へ向かう! ありったけの元気をつかって!」

 だんだん、声が大きくなってきた。

「しかし、この鎧を着ていれば大丈夫! どんなに竜にいたぶられようが、炎を吐かれようが、絶対に怪我はしない!」

「いや、しそうな気がしますけどね、怪我、絶対。致命傷も楽々もらってしまいそうな気もします」考察を述べてるも、男性はそれを無視した。そこで、続きの疑問を投げかけてみる。「けれど、奇跡的にこれを着ていたことで怪我をしなかったとして、どうやって竜を払うと」

「うん、この怪我をしない鎧を着て竜へ挑む。竜は攻撃する、しかし、こっちはいくら攻撃されても無傷。となると、どうだ、いずれ竜は攻撃するのに疲れ、やがて、竜の方からどこかへ行ってしまうという計算さ」

「だめそうな計算結果に基づいて、平然とこれを商品化したんですね」

 率直にいったが、男性は顔を左右に振った。「実験した結果が示している」辞書ほどありそうな謎の紙の束を掲げみせる。結果の書類らしい。

 何をそんな結果を書くことがあるんだ。

「なら、まあ、いいや」追及は無駄そうなので避けた。ただ、もうひとつ気になって聞いた。「この鎧、かなり重そうですよね、ふつうの人が着て動けるんですか」

「そんなあなたに!」男性は再び声をあげ、店頭の別の布をめくった。「はい、これ!」

 見ると、鉄製の運動器具の数々だった。

「筋力を鍛える素晴らしい道具の用意がある。別売りである」

「つまり、これを着るまえに、これを買って鍛えろと」

「その通り、お客さんはー、かしこい!」

 おべっかの放ち方が狂ってるやがる。けれど、またふと思って訊ねた。

「でも、たとえこういう道具が手元にあっても、かなりの確率でだんだん面倒になって、途中で投げ出しがちなんですよね」

「そんなときのために、これ!」今度は、壁にかけてあった布を剥がす。張り紙だった。「定期開催の鍛錬会を用意してある、有料だ。でも、講師は、男女ともに耽美な者たちばかりだ。ゆえに、やる気が魔法のようにつづく!」

「人材に耽美をそろえたってことは、受講料も高そうですね」

「しかし、これがある!」また布を剥がす。冊子が置かれていた。「民間職業斡旋業務組合誌だ。登録手数料はかかるが、そのぶん、いい仕事がみるかること受けあい!」

「その手数料も手もとにない場合は」

「はっはっは、あまいぞ!」男は地面の布を剥がす。張り紙だった。「この店で、いま、従業員募集だ!」

 そういわれたので「そうですか」と、告げて歩き出す。

 最後に一瞥すると、男性は剥がした布を淡々と各所にかけ直していた。

 それが彼の人生らしい。どういう人生なのか、仔細な分析は時間の無駄になりそうなので、そこまではしなかった。

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