このよきひに
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
なんでもない道端に新郎新婦がいた。親族と思しき者たちもいる。結婚式をあげていた。
あとから聞いた話によると、このあたりの地域で流行っていることらしい。ふたりが本当にはじめて出会った場所で結婚式を挙げるのだという。
結婚式といえば、たとえば、少し広い庭先で行ったり、しかるべき施設をかりてするものが多い。けれど、このあたり流行りでは、とにかく、二人が初めて出会った場所で挙げる、そこに親族や友人を招くらしい。
他者にとっては、なんでもない場所でも、ふたりにとっては大事な場所、そこで結婚式をあげる。
どうして、それが流行り出したのかは知らない。
とにかく、これを聞いた時点で、誰だって考えることは確実にあるだろう。
もし、ふたりが初めて出会った場所が、結婚式を慣行するに、きわめて困難な場所だったり、あるいは、ふさわしくない場所だった場合は、はたして。
聞いてみると、その場合は、どこまで我慢して結婚式を断行できるか、という勝負、みたいなものになるらしい。
勝負、みたいなものって、なんだろうか。
結婚式を勝負化させる流行りとは、いったい。
ねりねりと考えてしまう。とはいえ、重要なのは、結婚式を挙げる当人の気持ちともいえる。あとは、親族側が試させるのだろう。招かれた友人もしかり。
そして、その日、おれはこの地域で行われる結婚式に招かれた。
以前からの知り合いの竜払いの男が結婚する。そして、結婚する相手も竜払いである。
ふたりは最近、同じ依頼で組んで知り合い、今日、結婚に至ったそうである。
そして、当然のように、この地域で跋扈する、ふたりがはじめて出会った場所で結婚式をあげることにしたという。
いっぽうで、このあたりは年を通して雪をかぶる、険しい山々に囲まれた地域でもある。その山のいくつかには、死を連想させるような異名がついていた。結婚式をあげる知り合いの新郎の竜払いは、常に、きびしい依頼を受けがちの人物であり、まだ見ぬ新婦の竜払いの方も、かなりの優秀だとも聞いた。
ちなみに、結婚式に招かれたとはいえ、急な竜払いの依頼が来るわからないので、いつも通りの恰好だった。あとは式の間、剣は抜けないようい紐でしばるくらいである。竜払い同士なら、理解ある参加の恰好だった。
それはそうと、いったい、ふたりはどこではじめて出会ったのだろうか。町へ向かいつつ、不穏な色味と、鋭い角度に聳える山々を眺めながら考える。
竜が山に現れることだってある。かりに、そこへ竜を払いに行くこともある。そして、苦戦することもある。で、もしかすると、助っ人として、あとから現場で合流することもある。
それが彼女だった。
と、したら。
想像し、山々を見上げる酸素も薄そうだった、雪崩、および、狼、熊などの猛獣の生息も予想される。にんげんを拒否する山にしか見えない。
行きたくない、のぼりたくはない。そもそも、参加者のなかには、ご高齢の親族、虚弱な友人、運動不足の仕事関係者もいるだろうに。
いや、それらでなかろうと、あの山たちは、どれであろうと、のぼったら確実に生命の危機になること請け合いだろう。はたして、流行の乗るために、全滅をかけて、あそこで式をするというのか。
夫妻の記念日が、多数の命日と融合してしまうのでは。
ごくりと喉をならしつつ、それでも覚悟を決め、おれは一時集合場所に示された町へ向かった。
そして、集合場所に集まった親族、友人、仕事の知り合い関係者へ、彼は発表する。
「私たちふたりがはじめて出会ったのは、この先の噴水前です」
見ると、すぐそこに、小さな噴水があった。縁で、猫が昼寝している。
あの山じゃ、ないのか。
そうか。
そう思い、おれはふたりへ告げた。
「ほんとうに、よかった」
おれは、心からの喜びを伝えた。
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