とかくぎりばかり
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
なにやら、すでに何人か失敗した依頼が回って来た。
竜払い協会の職員から、事前にきいた限りでは、さほど難しそうな依頼とも思えない内容だった。
けれど、相手は竜である。ゆだんはできない。
おれはやたらと暗雲たちこめる空の下を進み、依頼もとへ向かった。たどり着いたのは、二階建ての古い屋敷だった。
見上げると、事前に聞いていた通り、一番とがった屋根の頂上に、鴨ぐらいの大きさの竜がいた。目を閉じて丸まり、じっとしている。
やはり難しそうな依頼ではなさそうだった。
いや、ゆだんは禁物である。
思いながら、屋敷の扉を叩く。出迎えたのは、二十代くらいの女性だった。
お手伝いさんには見えない。身に着けているのは、屋敷の大きさや外観に比例せず、地味な配色ものだった。彼女はうつむきがちで、微笑んで出迎えたものの、微笑むと、薄幸的な印象が際立っていた。
「おまち、しておりました、竜払いさま…」きえさりそうな声で言う。「どうぞ、中へ」
そして屋敷の中へ通される。
屋敷の内装は立派なものだった。けれど、なぜか、どんよりとしていた。
「あ、わたしくは、その…、この家の、お館さまの、妻でございます…、いえ、なんといいますか、よく使用人の方とまちがわれるので…、あえてこうしてお伝えを…」
消え去りそうな声で言う。朝食でも抜いたのだろうか。
昼間なのに玄関広場も暗い。階段の上の方も明かりが乏しく、どんよりしていて、窓の外には、室内と同じで、どんよりとした空が広がっていた。
総合して、どんより日和である。
「二階へ案内します、そこから屋根へあがれますので…」
彼女がそういった。そのときだった。
「あらまあ! おねえさまぁ!」
突如、通路の向こうから甲高い声がそそがれる。見ると、派手な服を着た女性だった。十代、ぎりぎりあたりである。
「その方、ふふ、もしかして、また新しい竜払いですか、おねえさま!」
妙にねばり気のある口調でいって、あざわらう。
どうした。
と思いつつ、とりあえず静観していると、薄幸的な彼女が「あ、義理の妹です」そう教えてきた。
「ふふ、まったくおねえさまはー」
義理の妹は、口元を扇子で覆いつつ、笑う。
ふたたび、彼女をなじろうという感じが、ただ漏れていた。
「おやめなさい」
そのとき、今度は階段を誰かが降りてきた。五十代くらいの、身ぎれいな女性だった。なんとなく、角ばった眼鏡をかけている。
「お、お母さま…」
義理の妹がだまった。
母親らしい。つまり、薄幸的な彼女の義理の母にあたるのか。
「おやおや、その男が、あなたの新しい竜払いなのですね」
義母は階段をおりながら、こちらを値踏みするような視線を送ってくる。
「ふん、あなたには、まこと、ふさわしい竜払いですこと。しかし、その方、義理の方はどうかしらねえ、義理がたい方なのかしら」
「義母さま、わたしはそんな…」
だから、どうした。
「あぁ、さわがしいねえ!」
けれど、そのとき、さらに階段の上から、八十代くらいの女性が声をあげて降りてくる。この場の誰より、派手な配色の服を着ていた。
「おっ、義母さま!」と、義母がそういった。
すかさず、薄幸的な彼女がおれに「義理の母の義理の母です」と、耳打ちしてくれた。
つまり、義母の義母か。
義母の義母は、階段を降りながら「うるさいねえ、あんたたち!」と、叫ぶ。
「も、もうしわけありません、大義母さま…」
義母が動揺してあやまる。
すると、義母の義母は鼻をならし、おれを見て、一同を見た。
そして口を開く。
「さわがしいんだよ、わたしは昼寝の最中だよ。あたなたちは、少しでもわたしに義理を感じてるなら、静かにしてるはずだよ!」
だから、どうした。なんだそれは。
「だいたい」
と、さらに義母の義母がなにか言いかけたとき。
「お、お、おまえら!」
さらに、階段の上から女性が降りてくる。いくつだろうか。樹齢百年的な迫力があり、この場で最も派手な格好をしていた。動きにくいだろうに。階段をおりるたびに、がさがさ、虫みたいな音がした。
そして、義母の義母が「あぁ、義母さまっ!」と、動揺する。
薄幸的な彼女は「義理の母の義理の母の義理の母さまです」と、教えてきた。
大大義母は「おまえたち、なにやってるのか知らんが、この家であたしより目立つ義理の感じを放つのは、ぜったい、ゆるさないからね!」と、叫んだ。
いよいよ、なんか、もめだした。奇怪なもめごとの種類過ぎて、状況に頭を追いつかせる気もおきない。
そこで、とりあえず、おれは心の距離をおいた。この感じに他の竜払いがやられた可能性はたかい。
というか、長生きの家系なんだな、義理の方の血筋。
そう、勝手なこと考え、精神を他所へ逃していると、隣にいた薄幸的な彼女がはっきりといった。
「悲しまないでください」
いや、悲しんではない。
「全員、だめ人間なんです、ぎりぎり、だめなんです」
迷いはなく、断言した。
彼女もきっと、長生きだろう。
なんか、安心した。
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