まなんだらすぐに

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 ルビトは新人の竜払いだった、たしか、まだ十五歳だった気がする。

 彼が竜払いとして動き出し、まだ一年と経っていないはずだった。黄色い髪をしおり、彼が歩くと、その頭髪の全体がふわふわと揺れ、遠目から見ると、ひよこのように見えるときがあるのが印象的だった。

 ルビトは優れた身体能力を持っていた。早く走れるし、剣の振りも鋭い。対人戦闘でもかなり強い。本人いわく、竜払い以前に、もともとそういう実家であるため強いらしい。

 そういう実家とは、なんなんだろうか。

 とりあえず、漠然とした事情しかきいてないし、深追いもしなかった。

 けれど、竜払いとしては新人である。

 その日、おれは、あれこれとした手続きのため、竜払い協会の本部へやってきた。折り悪く、窓口は混んでいた、待合室も竜払いたちでいっぱいだった。

 本を読みながら順番を待つ。やがて、窓口で呼ばれて、そして、あれこれと手続きを終わらせて、協会を後にしようとした。

 そのとき、ふと、待合室で椅子に座っているルビトの姿をみつけた。

 あいかわらず髪が黄色い。ひよこ、みたいだった。座って動かないので、うごいていないひよこに見える。

 彼もおれと同じで、いつも剣を背中に背負っているが、いまは、椅子に座るために、外してあった。

「こんにちは」

 歩み寄り、ルビトへ挨拶をした。

「あっ、ヨルさん」と、彼は顔をあげ、剣をとって立ち上がった。「どうも」

「手続き待ちかい、今日は混んでるからけっこうかかるよ、時間。こんな感じの本をはんぶんくらい読めるくらいかかる」

「ああー、いえ、これはじぶんの待ちではなく」ルビトは頭をかきながらいった。「なかまのを、待ってるんです」

「なかま」

 きいて思い出す。

 そういえば、ルビトはまだ新人だった。そのため、協会は新人同士を数人単位で組ませて竜払いをすることを推奨している。

 そして、ルビトも同期と動いているはずだった。

「そうか、みんな、無事でやってるかい」

 何度か顔は合わせたことはあるので、そう聞いてみた。

 すると、ルビトは「いえ、さいきん、まえのなかまとは解散したんです。そのなんというか」そういって、視線を外し、片手で後頭部をかいた。「竜払い性の、ちがいで」

 竜払い性の、ちがい。

 そんな言葉があるのか、知らなかった。

 そして、ルビトは続けた。「まえのなかまたちとは、けっきょく、呼吸が合わなかったんです。その、全体的な、理想する流れや、展開の好みもまるでちがってて。たとえば、ぼくが、ここだっ、てときも、なんか、ずれがあって、しっくりこなくって。とにかく合わないし、将来の展望も共有できなかったんです」

 腕組みをしながら語る。

「みんな、そんなにうまくないのに、練習も熱心じゃないし、遊んでばかりで。一緒に、やってても、あたらしい何かが生まれる気がまったくしなかったんです」

 かみしめるようにて語る。

 おれは、少し考えてから聞いた。

「竜払いのなかまの話なんだよね、それ」

「はい、竜払いの、なかまの話です」

 ルビトはしっかりとうなずいてみせた。

 それでも念のために「一緒に演奏する、音楽なかま、とかの話ではないよね」と、問かける。

「はい、一緒に演奏する、音楽なかまとかの話ではないです」

 ルビトはふたたび、ぱき、っと答えた。

「音楽性のちがい、とかの話ではないんだね」

「いえ、竜払い性のちがいです」

 断言してくる。

 なので、おれは小さな声で「そうか」と、しかいえなかった。

 そこへルビトがいってくる。

「わかったんです。彼らにとって、竜払いは人生の遊びでしかなかったんです、それがわかったときは、驚きました。目立つための手段として、竜払いとして生きることを選んだだけだって」ルビトは視線を外してそういった。その視線の先には、窓口で手続きをする竜払いたちがいる。「ぼくとはまったく次元がちがった」

 憂いある横顔を見せる。

 とたん、おれは、なにか手助けになる言葉を返したくなった。けれど、しないようにした。

 彼自身が自力で何かにたどり着こうとしている最中だった。よけいな言葉で邪魔しまい。

「あ、みんな終わったみたいです。手続き」

 ルビトが表情を明るくしてそういって、手を挙げる。新しい仲間たちへ自身の居場所を示す。

 見ると、みな、彼と同年代らしい。

 全員で三人。

 小柄で、細身の剣を腰にさげ、おぱっか頭の前髪を直線にそろえたひとえまぶたの少女。

 背がおれよりも高く、流れる川のようなうねりと艶のある髪と、たくましい二の腕を持ち、つなぎのような外貌に弓を背負った少女。

 あごに手をあてに腕組みをしながらかすかに唇をうごかしつぶやき続けている一見進学校の女学生の制服にしか見えない服に複数の金槌を腰にさした少女。

 その三人そろってやってきた。

「おう、またせたな、役立たず」

 そして、女学生風の少女がぶっきらぼうにいって手をあげた。笑顔だった。

「あーあ、ただ、待ってただけなのね、ふふ、待ってる間、お茶ぐらい用意してても、いいんだぞ」 

「わー、時間、かかったー」と、背の高い少女が不安な表情でいう。「またわたしの人生の持ち時間が減ってしまった、どうしよう、時間が経ったせいで、また身長がのびたらどうしよう、どうしよう、あっ、でも、そうか、預けているお金の金利は時間が経過すればするほど増えるかも」

 次に小柄な少女がぼそぼそ声で「ねえねえ、理由もなく、ここにいる竜払い全員を倒すのに、どれだけ時間がかかるかねえ。あ、まあ、倒した後で捕まらない方法をみつけられたら、の話だけど」と、言い放つ。

 それら発言から察するに、いまのところ、方向性はばらばらである。

「ヨルさん、紹介します。ぼくのなかまたちです」

 ルビトは苦笑しながらそういった。

 けれど、彼の心持ちは悪くなさそうな表情でもあった。

 ならいいか。

「まあ、おれはいくよ」と告げて、彼と彼のあたらしい仲間たちへ一礼した。すると、三人の少女たちはそれぞれの動きで頭を下げ返して来た。

 それから協会の建物を後にする。そして、歩きながら思った

 ぜんいん、女の子だったな、なかまたち。

 少年単独に、少女三人の構成か。

 すごいな彼。

 そこに、おれとの竜払い性のちがいを感じた。

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