あいうつあいつとは
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
竜は竜の骨で出来た道具で払わないと怒り、怒った竜は他の竜を呼び、群れとなって襲って来て、たいへんなことになる。
そして、竜の骨は素材として、貴重なものである。なにしろ、骨だし、竜を倒さないと手に入らない。
おれは竜の骨で出来た剣を持っていた。剣に刃は入れていない、特殊な仕様だった。
竜払いによっては、竜の骨を剣以外の形態にした武器を持っている。槍の先が骨だったり、矢の先が骨だったり、骨で出来た金槌だったり。そこのそれぞれの竜払いいによって、骨をどんな形態に加工するかが違う。とはいえ、剣のだろう。剣の方が汎用性は高いのだろう。
けれど、剣でも、それ以外でも、いずれにしろ必要なのは定期的な手入れはかかせない。どこかが欠けることもあるし、折れることも歪むこともある。職人に手を入れてもらうことは重要だった。
その日、剣の手入れを頼みに、職人であるツクイの工房を訪れた。そして、手入れが終わるまで、工房の外で鎮座していた、灰色の犬と、凝視し合いながら待っていた。
「ヨル」
ほどなくして、工房から出てきたツイクに名を呼ばれた。
おれは、灰色の犬に頭をさげてから、ツイクへ顔を向ける。
ツクイは職人としては、細身である。それから、きわめて中世的な顔立ちを、艶のある紺色の髪で頬まで包んでいる。一見、十代に四十代にも見える外貌だった。放つ声も、中性的であり、そして、いまだに、おれはツクイの性別を知らない。なぜか今日まで知るきっかけがなかった。
そして、いまさら、当人に確認するのも、妙である。
ツクイの工房は町から離れた森の中にあった。きけば竜の骨を加工するために、澄んだ水が重要らしい。
「刃は欠けたところはなかったよ。柄が少し歪んでいたね、調整したから握って確かめてくれ」
「ありがとう」
礼を述べて、ツクイの手から剣を受け取る。ツクイには二年まえから剣を手入れしてもらっている。
距離をとって、工房の庭先で剣を振る。調整は見事なものだった。昨日までの剣への違和感がきている。
「どうだい」ツクイが問いかけてきた。
おれは「いい、問題がきえている」と答えた。
すると、ツクイはささやかに笑んで、屋外の壁に沿っておかれた椅子へ腰をおろす。
「きみの剣の手入れは毎回、愉快だよ」
「愉快なのか」
「剣を見れば、持ち主が、その剣でやったのかがわかる」ツクイは手の平を、開いて、閉じてを繰り返しながらいった。「持ち主の生き方もみえてくる」
「剣を見ただけでそこまでわかるのか」
「わかる」
断言して、こちらへ顔を向け、それから黙って見つめてくる。こうして近い距離で、正面から、向こうと顔を合わせても、性別はわからない。
やがてツクイは視線を外した。
「ほんと、愉快だよ」
ふたたびそういった。
「それに、きみは」
しゃべりながら、ツクイは灰色の犬を見る。
「きみは犬語も話せるね」
急に、そう断言してきた。心当たりは零だった。どこにもない。生まれて思ったことは、一瞬もない。
そこでおれは地面に手がかりになるかと思い、鎮座していた犬を見た。犬は、地面にいた、だんご虫を見ている。
犬と話せる気は、まったくしなかった。
そこで淡々とした口調でこう伝えた。
「犬とは話せない、わん」
そこで犬からツクイへ視線を移し、そう返していた。名回答が思い浮かべなかった、結果である。角度によっては、かなり悲惨な回答だった。無残だった。
すると、ツクイもまた淡々とした口調でいった。
「犬と話せるはず、わん」
それから遠くを見る。無表情のなかに、いたたまれなさに耐えるような、なにかがみえた。
互いに傷を負ったかたちである。まぎれもなく、負わなくてもいい、傷である。
すると、まもなくツクイから「もうしわけない。ひさびさに取り乱した」と謝罪を述べてきた。
取り乱したのか、いま。
ツクイは本当にわからない。
いた、おそらく、向こうもこちらをそう思っているにちがいない。わからない、と。
ここに魂の相討ちが完成である。
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