みきりがひん

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 依頼元は近海の海に浮かぶ、小さな島に住む町からだった。

 人口は数百人に満たない島で、傾斜に建ち並ぶ家々と白い石畳みの道で覆われた町だった。そこに小さな竜が現れたらしい。

 竜は海の上を飛ばない、竜は泳げないし、もし水に沈めば、二度と浮上できない。

 例外として、時折、小さな竜の場合、船に紛れ込んで、あるいは、人の作為によって、海をわたることがある。

 けれど、聞けば今回の竜は、もともと島にいる小さな竜らしい。

 竜は人が攻撃しなければ、決して向こうからは攻撃してこない。なので、竜が現れたといっても、なにもしなければ、大丈夫である。ただし、竜はこちらから攻撃すれば、反撃してくるし、牙で噛まれたり、爪でやられたり、口から吐く炎で焼かれる。

 そして、竜は竜の骨で出来た武器以外で攻撃すると、激高し、仲間の竜を呼ぶ。そうなると、竜は無差別の人々を攻撃し、町を炎で焼き尽くす。かつて、その性質を知らなかった時代、幾度となく人は竜を滅ぼそうとし、手を出し、焼かれ、大陸ごと滅ぼされた歴史がある。

 とにかく、竜はこちらから攻撃しなければ、向こうからは攻撃してこない。これは、この世界に生きるものなら、誰だって知っていることだった。

 だったら、放っておいてもいいだろうが。問題は、竜が恐いことだった。

 竜は恐い。ただただ恐く、そして、竜以外の生命は、竜が恐すぎて、生きてゆくのが困難だった。いっぽうで、竜を倒すのは難しい。竜を仕留めようとすれば、多大な犠牲が発生する。

 ゆえに、竜は払うのみにとどめる。竜は、少しでも傷を負うと、飛んで、空へ還ってしまう。傷ついた竜は、傷が回復するまで、しばらく、動かなくなる。

 らしい。

 そのあたりの生態系については、もっか、調査中だった。

 むろん、竜に傷を与えるものは、竜の骨で出来た武器でやる必要がある。かりに、鋼鉄の剣で傷をあたえてしまっては、やはり、竜は怒り、猛り、仲間を呼び、人々を無差別に攻撃する。

 で、今日の依頼は、大陸の近海に浮かぶ、小さな島だった。肉眼でも、島からは海を隔てて大陸がはっきり見える距離にある。がんばれば、泳げない距離ではなさそうだった。

 手漕ぎの漁船で島へ送ってもらい、島へ到着したのは昼頃だった。太陽がまぶしい日だった。

 島に着き、町へ入り、そして、すぐに気がついた。

 町を歩く人たちの服装が異様なほど色鮮やかである。白い壁と道の町に、あでやかな花めいた服装の人たちが歩いていて、そして、その人たちは、その服装のまま日常を過ごしている。

 そういう服を着るのが好きな人が多いのか、この島は。

 と、おれは思って、さっきまでいた大陸の方を見た。向こうの大陸では、あまりそういう派手な衣服を着ている人はいなかった。

 考えながら、町の代表者のもとへ向かう。

 町の代表者は、はつらつとした女性だった。仕立て屋をしているらしく、店には、多くの型紙がおいてあった。四十代前後で、まるで太陽の力をひめているかのごとく、明るく、笑顔が素晴らしいひとである。

 着ている服も、さっき町で目にした人々同様、あでやかなのものだった。

「わたしネリー、よろしくね、ええっと、あなたは、ヨルさんよね、うんうん。ようそこ、この島へ。ありがとうね。でね、竜は、町の広場にいます、まあ、あの竜はときどき町に来るんだけど、誰かを傷つけたことはない竜なんで、なるべく、そっと払ってあげてほしいの」

「はい」

 おれはうなずき、その広場へ向かおうとした。

「あ、ねえ、ちょっと待って」

 すると、引き留められ「あ、はい」と、返事をして立ち止まる。

「ごめんね、気になって」彼女は小さくあやまってから「その、あなたの外套、身体にあってないんじゃないの」と、いっていた。

「外套」指摘され、おれは自身の身を覆うそれを見た。

 以前いた大陸で、手に入れた、ありふれた黒い外套である。

「脱いで」

 と、彼女は指示しつつも、けっきょく、彼女自身がおれの肩へ手をかけ、外套を剥がしに来る。その行動の素早さと、優れた間合いの詰め方に、あっけにとられていると、今度はおれの身体の長さを手早くはかりだした。

「これ、手直ししておきます、ああ、ここ、穴も開いてるし、それに飾りっ気もないから、あれしときます」

 剥がした外套を丁寧に畳んでその手にかけながら、彼女は太陽のような笑顔でそういってきた。

 おれは「あ、はい」と、太陽のような彼女の明るさに圧倒されたかたちになり、ただ、うなずいた。

 そして、広場へ向かい、竜を払いにかかる。小さな竜を見つけた。

 そして、小さな竜を、そっと払った。

 払うとすぐ、どこからともなくやってきた老若男女問わず町の人たちが近寄って来た。そして、まっさきに老人が「がはは、竜払いさん、ありがとうね」といい、さらに人々からも、口々に礼を述べれる。

 みな、太陽のような明るい笑顔だった。

 そして、老若男女問わず、みな、異様に艶やかな服装である。

 服装だけでも、お祭り中のようだった。おれはそのまま「みなさんの服は明るいですね、まるで、お祭り中みたいだ」といった。

 すると、ひとりの妊婦さんが「ええ、この島の人たちは、みんなネリーさんの店で仕立てた服を着てるんですよ」と、教えてきた。

 さらに別の青年が「ネリーさんの服を着るようになってから、この島の人間はみんな明るいんです」と、いった。

 みんなが着ているのは、彼女がつくった服なのか。それを知って、あらためて、島の人々の服を見る。

 太陽のように明るく、花咲くように艶やか服だった。

 素晴らしい服である。

 けれど、まてよ。おれの外套は、いま彼女が仕立て直している。それを思い出し、いまいちど島の人々を見る。

 艶やかである。派手である。お祭り感が出ている。

 もしかして、おれの外套は、この感じに、改造されるのか、あの地味な外套が。

 しまった。

 いや、けれど、まだ時間が経っていない、いまなら、まだ改造する前に救出できるかもしれない。そう発想がいたり、おれは急いで人々へ頭をさげ、ネリーさんのもとへと向かった。石畳を、駆け足である。

 店につき、扉を開く。とたん、ネリーさんが「できたよ!」と、明るく、おれへ絶望をぶつけてくる。

 仕事がはやい。その優秀だった。笑顔も、やはり、いい。

 救出、ならず。と、心で片膝をついていると、ネリーさんは外套を持ってきた。

 あ、見た目は変わっていない。黒々としている。艶やかさの補足がない。

「さあ、わたしに着た姿をみせて」

 そういって、おれへ外套を着せる。

 驚いた、前よりかなりかるくなっている。肩の寸法も見事にあっていて、手も動かしやすい。剣を背負った上からひっかけても、邪魔な感覚がない。

 そのうえ、生地の裏地に、皮が張ってある。丁度、心臓部のあたりだった。軽く、動きやすくしたうえで、通気性もよく、しかも、保温性もあり、しかも防御性も向上してある。

 唖然としていると、ネリーさんは「うん、いいねえ」といった。そして、微笑んで続けた。「あなたは、竜と向き合う人だもの、命にかかわるものは、しっかりしとかなきゃね」

 おれは、しばらく彼女を見返した後で「まいりました」と、頭をさげた。

 まったくもって、おれの見切り力の無さが露呈した。

 むろん、ネリーさんは意味がわからず「ん?」と、首をかしげていた。

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