たとえまおうに
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
ある湖畔のそばを通りかかった。景色もいいので、湖のふちまで行って、ぼんやりとその場にたって眺める。
風はふいていない。ゆえに、影響をうけない湖面はどこまでも真っ平だった。鏡のうような表面に、空の青さと、切れ切れになった雲を反転させて写している。
あたりには誰もいない。湖の向こうは森林が広がっていた。少し離れた場所に、人々が暮らす家々が見える。
こうして、ただひとり、湖を眺めていると、少しだけ、いま背負っている剣を重く感じる。普段は忘れている重さを思い出す。
ふと、気配がした。
誰かが近づいて来る。接近速度は、きわめて遅い。
ほどなくして、道の向こうから杖をついたご老人がやってきた。頭髪は一切なく、眉毛が白く太く、その先端が長く伸びて垂れていおり、山羊に似ている。
で、老人は歩いて来て、おれのすぐ隣へ立った。
肩が触れそうな距離まで接近で。
なぜだ。
なぜ、この、広々とした自然の空間で、ここまでおれに接近を。彼に殺気はないけ。けれど、戸惑いはあった。
「かつて」
そして、老人は口を開く。
語り口調である。
「かつて、魔王のような男がいた」
ああ、どうしよう、急激に、単位の大きな話を繰り出されたぞ。
とりあえず、様子を見よう。下手に刺激し、発狂されてたら、負担が増加するだけである。
「その男は魔王のような装いをし、魔王のようなしゃべり方した。魔王のような椅子にも座っていた」
そのまま、しゃべり続けてくる。この距離だと、聞こえない演技をするにしても、その難易度が高い。しかも、知らない人から前触れもなく聞かされる内容としては、かなり、きびしいものがある。
「その男は魔王のような歩き方もした。魔王のような剣を持ち、魔王のような靴を履き、魔王のように笑った」
奇怪な情報を、一方的にこちらの鼓膜へ注ぎ込んでくる。
「魔王のような男は、魔王のような父親に育てられ、魔王がするような教育を施され、魔王のような家庭教師をつけられ、魔王のように勉強した」
表現の統一感がが、だんだん、あやしくなってきた。むりに話すなら、やめてほしい。
はたして、この話はどこへ執着するんだろう。しだいに、そこが気になりだす。
「やがて、魔王のような女性と出会った」
どうする。なにか、適切な発言を返して、引き取ってもらうか。
あるいは、おれが黙って離れゆくか。
「まあ、遠い、むかしの話ですよ」
と、彼はいって、微笑んだ。
なにがだ、と、言い返したい。けれど、刺激して、下手に長びくといけない。
おれは、自分の心の声を封じ込め、黙した。
「魔王の年を取ると、だめですなあ、むかしのことを、どばどば思い出してしまう、溢れでるように、魔王のように」
魔王の使い方の法則が崩壊しているんだのな。けっこう序盤からだけど。
「すいません、つい、魔王のように話してしまって。ですが、あなたは、魔王に取り込まれず、そして、どうか魔王に影響されず、生きてください、たとえ、そう、たとえ………」
そう告げて、老人は去っていった。
中途半端な印象を残し。
けれど、よし。
これで、出発できる。
おや、なんだ急に、空の様子があやしくなってきたぞ。雨雲が出て来た、さっきまで、晴れていたのに。
まるで王が天気を操ったみたいに天気の悪化だな、わ、雷だ、魔王登場のときのような雷だな、しかも、風もひどく強くなってきた、魔王が吹かせているみたいに。
あ。
しまった、取り込まれている、おれ。
おのれ、魔王め。
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