あめのなかのこうぼう

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 依頼内容の詳細を聞きに、現場へ向かうまえに、依頼人の自宅を訪れる。朝から快晴だった。

 扉をたたき、玄関に現れた依頼人は四十半ばの男性だった。頭髪には、白と茶色が混ざっている。

 立派な家だった。それでも通された室内は、家の外見と規模に反して質素だった。派手な調度品はなく、かわりに実用品は上質のものがそろっていた。

「道をふさいでいる竜がいて、あの、どうか、よろしくお願いいたします、はい」

 腰の低い男性で、対応も丁寧だった。

 現場へ向かうと、竜がいた、道をふさいでいる。大きさとしては、四人掛けの馬車ほどの大きさの竜だった。

 さっそく依頼にかかる。

 空は快晴だった。

 けれど、竜を払い終えと、ぽつりと雨が降りだした。

 朝からよく晴れていたし、雨具の類はもっていなかった。それに弱い雨だった。雨宿りするほどでもない。

 依頼終了を報告するため、その足で彼の自宅へ向かった。玄関で依頼終了を報告し、引き上げる。

「では、これで」 

 頭をさげて玄関から出る、雨はまだ降っていた。

 雨はどれほどのものか、ためしに玄関の軒先を出て、身体に浴びてみる。以前として、弱い雨だった。これくらいなら雨具は不要そうだった。

「あの」

 ふと、依頼人の男性が呼び止めた。

 振り返ると、彼は手に黒い傘を持っていた。

「雨が降っています、この傘をお使いください、差し上げます」

 差し出された黒い傘を見て、それから空を見た。

 雨は弱い。すぐにやみそうだった。

「ありがとうございます」礼を述べから、おれは言った。「ですが、雨はすぐにやみそうですし、傘をいただかなくてもだいじょうぶです」

 断った。けれど「いえいえ」と、依頼人の男性は寂しげな表情でいった。「どうぞ、遠慮なく、この傘をお持ちになってください、差し上げますので」

「だいじょうぶですよ。これくらいの雨なら平気です」

「この傘は」

 と、依頼人の男性がしゃべる。

 表面上、話が通じている感じはするが。どうも、こちらの話を聞いていない気配がする。

「わたしの、死んだ叔父の形見なんです」男性は言って、傘を撫でた。「ですから、どうぞ、お持ちになってください」

 そう言い、傘を差しだす。

 傘は叔父の形見だという。

 少しだけ、考えから「叔父さんの形見の傘なんですよね。あの、そんな傘を、どうぞ、と、おしゃる感情の流れが、まったくつかめないのですが」と、言ってみた。

 理解不能により、拒否を伝える。

「叔父は、この傘を若くして亡くなった恋人からもらったといっていました」

「こっちを無視して放たれる追加情報として、強すぎです。こちらの心の負担がでかいです」

「生前、叔父は、この傘をずっと枕元に置いて眠っていました」

「どうして、より受け取りづらい情報追加を激突させてきたんですか。あの、そういう精神って、誰に教わるんですか」

 問いかけてみる。

 けれど、彼は、何か、物語に入って出てこられないような表情をしていた。

「叔父は、何があってもこの傘を手放しませんでした。強盗に襲われたときだって、資産の大半を失った日だって、そうでした」

 せつなげな表情で言われる。

 そこでおれは告げる。「しかし、その叔父さんの傘を、あなたは、今日会ったばかりの、おれへあげようと。しかも、傘がいらないだろう、小雨なのにあげようとしているんですね」

「この傘は、あなたにこそふさわしいと思います」

 彼は言い切る。

「おれにふさわしいと思った理由はわからないし、そして、わからなくても平気ではあります」

「叔父は、食べ過ぎて腹痛の時だったときだって、この傘を手放さなかったです」

「さっきより弱い脆弱な追加情報ですね」

「そう、ですか」言い返すも、彼はきっと、本格的には聞いていない。傘を持ってうつむいた。「どうしても、この傘を受け取ってくださらないんですね」

「受け取らないですね。あなたが傘の譲渡時に、莫大な不要情報を付属させてきたし」

「わかり、ました」

「むしろ、渡そうとする前に、わかってほしかった。せめて、人類として」

「わたしはね、竜払い様。あなたを、この雨にうせながらおかえしするのが忍びなくて。でも、その気持ちが逆に差し出がましいことに。これは、叔父の罪です」

「総合判断から、あなたの罪としか思えない」

「では、どこまでもお気をつけて、竜払い様」

 彼はそういうと、寂しげに微笑み扉を静かにしめた。鍵をかける音も聞こえた。

 とうぜん、その間、おれは外にいた。傘もないので、雨にはうたれ続けていた。

 もう、ずぶ濡れである。

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