551~

かのものおいし

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 おれの名はヨル、竜払いだ。

「くわぁぁっ、みつけたぞっ!」

 いま、追われている。

「ヨブめぇ!」

 きっと、人まちがえで追われている。刃物を頭上に掲げた奴に、追われている。

真昼の凍てつく大地を馳せ、逃げていた。

 そいつは、説明もなく、いきなり現れた。三十歳くらいで、いかにもならず者という外貌で、抜き身の剣を手に、追いかけてくる。

 少し前、竜払いの依頼を受けた、それで開墾最中のとある大陸に降り立った、むろん、竜を追い払うため。ただ、うっかり受けた依頼だった。で、完全に受けた後で、この極寒の大陸まで来て払うことを知った。

 遠い場所だった、ややながい船旅だった、そして、とても寒い。いつも着ている外套だと、凍って生命が断たれそうだった。

 けれど、受けてしまったものは、しかたない。

 しかたないさ。

 ああ。

 で、海を渡り、いや、その海も、やや凍り気味だったけど、とにかく渡り、ここまで来た。途中で防寒具も仕入れて、それなりの上着を羽織り、それなりに靴も履き、払うべき竜のもとへ向かっていた。襲撃は、そんなときだった。ひとりの男により、襲撃を受けた。

「にがさんずぅええ! おおうらぁ! わがああ!」

 奇声にも近しいものを放ち、迫ってくる。やっかいの最高峰だった。

 なぜ、おれを追う。それはそれとして、相手は足が遅い。鈍足といえる。

 襲撃者はおれを追いかけてはじめ、比較的に初期段階から、ぜいはあ、息があげてしまった。鍛錬不足は明らかだった。それに、ここは寒い、あまり乱暴に空気をむさぼれば、体内にとりこんだ冷えた外気で具合が悪くなりかねない。

 おれの名はヨルだ、そして、奴は、おれのことをヨブと呼んだ。まちがえて追われている可能性は高い。だからといって、立ち止まり、あの、ちがいますよ、ええ、と、落ち着いて話せそうな雰囲気がない。向こうは、異常な興奮状態である、荒々しく高まっている。

 襲撃者は手に刃物を持っている。いっぽうで、こちらも剣を背負ってはいる。けれど、この剣は、人と戦うための剣ではない、竜を払うための剣だった。これを抜いて、対戦を始めたくはない。

 とりにかく、このまま走って振り切るか。

 そう考えた矢先、ずびん、と足元が崩れた。凍てついた大地を踏み抜いて、そのまま下へ落ちる。

 まさか、落とし穴か。

 穴は大人の半身文ほどの深さだった。

 罠か。

 いや、罠ではなかった。見ると、同じ穴の中に、うさぎがいた。五羽いた。子うさぎもいる。

 そこは地面の下にあった、うさぎの一家の居住空間だったらしい。おれが激しく踏んで、踏み抜いてしまったらしい。うさぎたちは、なにかを食べている途中だったらしく、口元をとめ、全員で、こちらを見た。

 おれは「あ、ごめんなさい」と、謝罪した。うさぎに謝ったのは、生まれてはじめてである。

 で、穴の縁に手をひっかけ、ひょいと、穴から出る。

 しまった、このうさぎ穴へ落下時間と、脱出時間のせいで、奴に追いつかれてしまうのは確実。おれは竜払いだ、人と戦うの専門外である。

 けれど、しかたない。

 ここは、やるしか。

 と、決めて大地に立つ。すると、地上には、ふたりいた。

 片方はおれを追いかけていた、ならず者風の男だった。地面にうつぶせに倒れている。

 もうひとりは二十歳くらいの男だった。さらりとした銀色の前髪の下に、きれながの目と、その奥に青い眸がある。あやしい顔つきであるととも、耽美な顔だちといえはば、そうだった。

 背はおれとそう変わらない。全身黒の防寒具を着ていた。武器の形態はみられない。

 殺気はない。いったい、何者だ。忽然と現れたし、殺気はなくとも、妙に存在感があるし、只者とは思えない。

「こんにちは。ヨルさん」

 そいつは、ほがらかにあいさつしてきた。しかも、こちらの名前を知っている。

「ぼくは、サマーといいます。ああ、彼は、ぼくが倒しておきました」さらりといって、倒れている男を一瞥し、それから視線を戻す。「至極、弱かったです」

 なんだ、狙いはあるんだろうな、きっと。 ただし、その狙いがぜんぜんわからない。

「彼は賞金稼ぎですよ。ヨルさんに、首、その首にかかったちょっとした懸賞金を狙っていました」

 じつに、かんたんに、それを発表してくる。

 サマー、見知らぬ男だった。

 というか、懸賞金、とは。

 直後、雑な殺気があった。視線を向ける。

 少し離れた場所の地面が盛り上がり、別のならず風の男が「ぬぉおお、かくごおぉ!」と、さけびながら、こちらへ向かって来る。手斧を持っていた。

 おれは咄嗟に地面の石を拾い、投げようする前に、サマーが石を蹴った。石は手斧の男の眉間に的中した。それで、男は倒れてしまった。

 蹴った石で倒すとは、器用な人間だ。

「あれも賞金稼ぎです、あれもヨルさん、あなたを狙っている」

 サマーはそう解説し、手についた土を、ぱんぱん、と叩いて払った。

 おれは「サマー」と、その名を口にした。

「はい、ぼくはサマーです。賞金稼ぎです」

 つまり、あー。

そういうことか。

「でも、あなたを狩りません」

 なに。

「あなたの首には賞金がかかっています。ちょっとした懸賞金です。だから、賞金稼ぎが襲って来ます、これからも来ます。そこで、そんな賞金稼ぎを、こうして、倒してしまえば、あなたを倒す難易度はあがったと判断され、あなたにかかった賞金額はだんだん上がっていくでしょう。ぼくはその懸賞金額がよき規模まで育ったとき、あなたを狩ります。足元の彼も、手斧の彼も、あなたの居場所の情報を流したのはぼくです。そういうわけで、あなたの懸賞金が数字が良き桁に育つまで、ぼくは、あなたを狩りません」

 と、そう説明された。

 されたけど、ええっと、そうなのか。

 いや、どうしろと。

 とにかく、特殊なことを説明され、その処理の仕方が見ええず、困惑をしていると、サマーは西を指さし「ああ、そういえば、竜はあっちにいましたよ」と、教えて来た。

 たしかに、払うべき竜を、西に感じる。

 とにかく、サマーはいまおれを狩る気はなさそうである。

 とはいえ、いずれ狩るらしい。それはそれで困るし、だからといって、いますぐ狩られるのも困る。

 どっちにしても困る。

 困るぜ。

 わー。

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