このぷぴはだよね

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 竜には小さい竜もいる、ねずみくらいの大きさの竜もいる。

 けれど、その竜の大きさに限らず、人は竜がこわい。どこかに隠れ、竜が見えていなくても、近くにいるだけで、精神は不安定になる。人が竜になれることはない。

 ゆえに、小さな竜でも、人のそばに現れたら追い払うしかない。そこで、竜払いを呼ぶ。

 とはいえ、相手は小さな竜である。そこにいるのはわかっていても、家屋の中に隠れてしまい、視認できない事態も発生しがちである。

 そこで竜笛を使う。竜の骨でつくられた笛だった。この笛を吹くと、竜にとって不快な音が出ているため、隠れている竜が音を止めようと、姿を現す。

 この笛は、隠れた小さな竜をおびき出すときに使うだけではない。たとえば、町の上空を延々と旋回して飛んでいる竜を追い払う際、吹いて、地上へひきつけて、遣り合ったりするときにも使える。

 その笛の音色は、人にはかすかにしか聞こえない。

 ちなみに、竜の身体は人にとって、猛毒なので、竜骨つくれたこの笛、うっかり、飲み込んだらおしまいである。

 竜払いにとって、重要な笛だった。ゆえに、その手入れは怠れない。笛に不具合が起きり前に、定期的に専門の職人へ手入れをすべきである。

 そこで、過去の記憶を頼りに、とある町までやってきた。この町には、竜払いが使う剣、あるいはその他の武具、防具。そして、竜笛を製作、手入れする職人たちが集う通りがあったはずだった。

 けれど、ひさしぶりにやってくると、通りからはその種の店が減っていた。行き交うい人の数も少なく活気もうすい。職人が手を動かす音もこえず、静寂さえあった。

 それでも記憶を頼りに、竜笛職人の店へ訪れる。店はあったけど、店主はかわっていた。数年前は、六十歳は越えていそうな男性だった。いまは三十代前後の男性店主らしい。頭に手ぬぐいをまき、右の耳に、銀色の耳飾りをつけた人だった。

 なぜか、地面には小さな球が落ちていた。それをかわし、店主へ近づく。

「あの、笛の手入れをしていただきたいのですが」

 と、頼んだ。

「ええ、よろこんで」

 おれは「これなんですが」と、手持ちの竜笛を差し出す。

 彼は笛を受け取り、眺めてから「承りました。お預かりします」と、こたえた。「手入れに三日ほどいただけますか」

 三日か。まあ、しかたないか。

「はい、では、よろしくお願いします」

 おれはそう伝え、店を出ようとした。

「お待ちください、お客さん」そこを彼にひきとめられた。「お預かりしている三日間、竜笛がないと竜払いのとき支障をきたすでしょう」

 竜笛はなくとも、竜は払える。けれど、たしかに、竜笛がないよりあった方が断然いい。

「かわりの笛をお貸しいたします」

 彼は立ち上がり、戸棚の引き出しから、別の笛を取り出してきた。

「こちらを代わりにどうぞお持ちください」

「ありがとうございます」

 と、いって、おれは笛を受け取る。

「そうだ、ためしに一度ふいてみてください」

 竜の気配もしないし、ここで吹いてもだいじょうぶだろう。

 おれは笛を口に添えて吹く。

 ぷぴー。

 ぷっ、ぷっ、ぴー。

 ぷぴ、ぷぴぴ、ぷぴぴぴぴんぷー。

「あっ! すいまんせんっ! うち子どものおもちゃの笛とまちかまえましたぁ!」

 うん。

 だよね。

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