わすれなつめ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 灰色の空をした午後、立ち寄った町にあった露店で、麺麭をひとつ買った。

 それかえあ、店のすぐ近くに広場があったので、茂み沿い縁石に座った。

 広場には、あまりひとがいない。この町もまた、人の数が減っているのだろうか。そう思いつつ、麺麭を齧る。

 味はひどくうすい、そしてかたい。

 それでも、がんばって食べていると、ふと、背後に違和感をおぼえた。

 手を回してみると、なにかある。かたく、冷たい材質だった。

 見ると、鉄でつくられた爪だった。右手用だろうか、三本の鋭い爪がついている。

 壁や崖のぼるときに使うかぎ爪かな。いや、それにしては、迫力があり過ぎる。

 そもそも、こんな爪で壁や崖をのぼれるのか。武器としてなら、かなり強力そうだけど。こんなもので、攻撃されたら、たいへんなことになる。

 というか、なぜ、かぎ爪が片方だけここにある。かぎ爪なんて、なかなか町の茂みに落ちていないものの最高峰だった。

 そんなこんと思っていると、通の向こうから、二十代後半くらい女性が、わかりやすくおろおろしながらやってきた。肌の色の異様に白い女性で、黒い帽子に、黒い服を来ている。

 女性は、きょろきょろと地面を見回しながら、帽子からはみだした、髪を左右にゆらしていた。やがて、彼女は、おれが麵麭を買った露店へ近づき「ちょっとだけ……いいかしら」と、話かけた。「落しもの………ありませんでしか……………つけ爪なんですが………」

 つけ爪を落として、探しているのか。

 そうか、つけ爪。

 もしかして、これだろうか。おれの背後の茂みにある。

 いや、これはつけ爪というか、かぎ爪だ。けれど、これも、また、つける爪ともいえる。とはいえ、つけ爪屋にいって、なにか、いいつけ爪ありますか、と、訊ねて、これが提示されるないだろう。

 などと考えて、それから想像した。

 かりに、彼女へ、あの、もしかしてお探しの爪はこれですか、と、この爪を差し出すのはたやすい。

 ただ、もし、彼女が探している爪が、これじゃなかった場合、どうなる。

 彼女が探しているつけ爪は、それこそ社交場で披露するような、洒落たつけ爪かもしれない。

 そこへ、むしろ、社交場の裏で、なにかしらを始末するのに使用するためみたいなこの爪を、探しものはこれですか、と、差し出してしまったとしたら。

 あせるな、おれ。

 と、言い聞かせている間に、彼女は露店の人へ「ながい………つけ爪なんです………」と、追加の情報を伝えた。

 うん、たしかに、おれの背後にあるかぎ爪は、ながい爪である。

「代々………うちで受け継いでるで爪なんです………」

 代々、闇の家業を受け継いでいる一族、その末裔がもっていても、おかしくはない爪ではある。

「じつは、今日、わたしの結婚式につけるつもりで………」

 結婚式につける爪。

 だったら、なら、ちがうか。

「かぎ爪なんですけど」

 ああ、これか。

 それを知り、おれは縁石から立ち上がる。

 そして、彼女のもとへ歩み寄り「あの縁石のあたりに、あやしげなものが落ちてました」と、伝え、一礼し、その場を去った。

 彼女、最初は、つけ爪、といった。

 にもかかわらず、あとから、かぎ爪に変えた。

 そう、途中から設定を変えた。

 そして、君は今日、結婚するという。

 そんな途中から設定を変えた君を、おれは忘れない。

 君を、きっと、ずっと忘れない。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る