てだま
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
ある日、ぱったりと、竜払いの依頼が途絶えた。もう、七日ほど、依頼が来ない。
あれだけ立て続けに依頼が持ち込まれていたのに、こなくなった。いまは無風の日々が完成していた。
ゆえに、待機である。
そこでおれは、昼間、滞在している宿の庭にある古い木製の東屋に腰かけ、意識をただ自然まかせにしていた。
竜払いの依頼がこない。そして、おれは竜払いである。竜払いなので、竜が人の前へ現れないと、成立しない生き方だった。
竜がいつどこに現れるかも、竜次第、そういう生き方でもある。
いまはただ、東屋に座っている。ここから見えるのは、宿主であるリンジー、彼女が業務の合間に手入れしている、花壇と、気まぐれに配置された複数のうさぎの置き物だった。
空は晴れているけど、あいかわらずの灰色である。風が吹いていないので、雲は一日中、ほぼ同じ位置にただよっている。雨がふる気配もない。
世界が息を止めているような光景だった。
そもそも、この大陸では、いま竜が減っていると聞いた。確かに、今日の印象では、大陸じたいからは、竜が減っていそうだった。けれど、なぜか、おれのところへは竜払いの依頼が多かった。
ふしぎな状況だと思っていたのが、つい、七日前くらいまでである。
そして、依頼はぱったりこなくなった。なにかが、変わったのだろうか。変わったとしたら、なんだろうか。
よし。
とりあえず、地図でも見てみよう。
それはとりとめのない、思いつきだった。
疑問を行き当たりばったりで、解きにかかる。こんな、粗雑な方針で、解ける気はしない。
けれど、やってみよう。
かんがえて、なんとなく、遠くを見る。
花壇の花は、どれもきれいに咲いている。やるな、リンジー。
と、気持ちを落ち着かせてから、地図を広げる。
おれはこの大陸で生まれて、育ち、竜払いになった。そして、この大陸の外へ出た人間だ。
いまは、こうして数年ぶりに戻って来ている。
だから、もしかすると、かつての大陸の記憶と、この最新の地図を比べることで、なにか見えてくるかもしれない。
見えてこないかもしれない。
いずれにしろ、時間はある。やることを、捏造せねば。
地図を見る。
まてよ。
すぐにみつけたぞ。地図に見たことにない町がある。ここは、むかし、なにもなかったのに。
場所も内陸部だし、畑にするにしても、土の栄養がとぼしいはず。にもかかわらず、おれがこの大陸をはなれていた数年間のうちに、大きそうな町ができている。
なんだろうか、気になる。
そこで、宿の受付にいたリンジーへ聞いてみることにした。この土地に暮らす彼女なら、なにか知っているかもしれない。
なにより、いま彼女は受付で、三つのお手玉を左右の手で、まわして、とばして、もてあそんでいる。
仕事中には見えないので、聞いてもだいじょうだろう。
「あの」
と、声をかけて、リンジーに地図にあった町について、訊た。すると、彼女は、にこにこした表情で答えた。
「三年前に地震があったんです、はっ! 大きな地震でした。そうしたら、はっ! 地震の影響で、地面が、はっ! 地面があったかくなったそうですよ、はっ!」
地震の影響で、地面があたたかくなった。
ふしぎな回答がなされたな。
地熱でもわいたのか。
「はっ! その土地は地面があたたかくなったおかげで、はっ! あの土地には麦も、やさいも、はっ! たくさんできるようになったんです。しかも、地面からお湯も出るので、はっ! 冬でも、はっ! あたたかくすごせるとわかって、すごいはやさで、町になった町なんですよー、はっ! はっ!」
リンジーは、にこにこ、しながらおしえてくれた。
なるほど、地震があって、そんなことが。
地震で、土地の性質がかわって、町が大きく、いや、そんなことがあるか、その、ええっと。つまりその。つまり。
ようするに。いや、まてまて。
と、ふわふわと考えながら、リンジーを見た。
彼女は、ずっと、お手玉をしながら話していた。しかも、はっ、という掛け声の度に、お手玉の数をふやしていた。いまや十一個のお手玉をまわしている。
もしかして、その数は大道芸として、最高難度をこなしているのではないか。
そう思っていると、リンジーは言う。
「まだまだ、いけますから、わたし!」
ああ、だめだ、彼女のお手玉芸がすごすぎて、意識が。
意識がてだまにとられる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます