まとめ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
安定して無風の日が続いている。晴れているけど、太陽は今日も赤み不足だった。
「ええっと………あの、この大陸って、自治区の、その……自治区の集合体のような印象をうけているんです」
向かい座っている少年、カルがたどたどしい口調で話す。
最近、知り合った少年である。彼はこの大陸の竜について、いろいろと調査しているらしい。はたして如何なる立場で調査しているのかは、不明だった。
けっきょくは、ただ、なんとなくの知り合いでしかない。
彼は手元の手帳をにらんでいた。台の上にはその他、資料もごちゃごちゃと展開している。
そこは滞在している宿屋の裏庭に建てたれた、古く白い小さな東屋だった。塗料はかなり、はげてしまって、かなり木材の部分が露出している。
午後、おれがこの東屋に独りで座っていると、カルがやって来た。彼は「こんにちは、ご一緒させてください!」と、大きなあいさつとともに、深いおじぎした後、向かいに座った。そしうて、しばらく黙り込んだ後、いっぽうてきに天気の話だとか、最近読んだ本だとか、どれも微妙な世間話を仕掛けて来た。
それから、ふと、小さな研究結果の発表めいたことを話しだした。
「その………国っていう仕組みは、この大陸では、その、うすまっているまっているんですか……ね?」
と、おれへ確認してくる。
相手は十三歳か。
はて、十三歳は、どれくらいの粒度で世界の仕組みを認識しているものなだろうか。
たましに、おのれの十三歳の頃を思い出してみる。けれど、思い出せない。
それで回答は遅れ、けっか、また気難しい大人の生産する沈黙の間のようになってしまった。
「あ、あ、すいません………もしかして政治の話って、よくないですね? ごめんなさい………ごめんなさい」
カルは不安げな表情でいう。
いっぽうで、彼のその反応で急速に記憶は蘇る。そういえば、人生初期の頃、おれも大人に気難しい表情をされると、ひどく不安になった。たちまち、おれはこの人から。拒否、排除されるのではないかと、深く思いこんだ。
ここは、おれが柔和な態度をするべきである。
なのっで、がんばって笑んでみせた。健闘による、笑みである。
カルの表情から、不安もきえた。
健闘した結果だった。結果の出る健闘といってもいい。
それはされおき。
おれは「自治区といっても、境界線はあいまい」と、答えた。「いまも、あいまいなのかは、知らない」
「あいまい………?」
「とはいえ、きっと、仕組みは変わってない。雰囲気的に」
「あー、じゃあ、ヨルさんがこの大陸にいない間も………ええっと、政治的な仕組みはかわっていなさそうだと………」
「うん、そうみえるかな」
「なるほど、そうかそうか…………」
と、カルはいって、手帳に何かを書き込んだ。
もしかして、カルはそのあたり情報収集のために、おれに話をきたのか。
そういえば、いま、カルは、ヨルさんがこの大陸にいない間も、といった。彼に、おれはこの大陸の出身者で、いまは、ひさしぶりにここに戻って来たということを、伝えていただろうか。
いやまて、やはり話したのか、どこかで。
記憶がない。忘れているだけか。記憶へ自信が喪失している部分はあるし。
うーむ、と、心の中で、うなっていると、カルがいった。
「あの、この大陸も、おそらく………ぼくの生まれた大陸とおなじ……なんですね? あー、おなじって! そぉ、その………だから、竜がいて、竜がいるから、だから………その、古代でいう国、とかいう相当の仕組みじゃなくって、その………国って考え方を、その………枠だけつかっているというか、ええっと………」
うまく言葉で説明できないらしい。彼は、もがきながら話していた。
やがて「ごめんなさい………まとまってないまま、話してしましました………」と、あやまった。「なにいっているか………わからないですね」
反省を述べた。
「人がまだ竜を知らないころ」
なんとなく、しゃべりだした。
「人は、むかしの人の世界をそのままやろうとした。超大国の成立、それを保守運営し、拡大機能を持つ複雑な政治。その手段としての大規模戦争能力の保有。自然をねじ伏せ続けるような方向の科学の発展。それらすべてを竜がいるこの世界でも維持しようとした。あるいは再現を。むかしの世界をなにひとつ手放そうとせず、自分たちのやり方を、竜の世界へ持ち込んだ」
カルは見て、だったら、おれは、うまくこの世界を説明できるか。ふと、それが気になって、話し出していた。
「それをやろうとして、人は滅びた。これまで、何度も滅びた。竜を絶滅させようと銃火器も使った。竜は、竜の骨以外でつくられたもので攻撃すれば、激しく怒り、他の竜を呼ぶ。すると、またたくまに空は竜の群れで覆われる。そして、竜は口から吐く炎で無差別に人の世界を焼く。ただ攻撃する、滅ぼすが目的だ」
そこまで話して、我に返る。
こんなことは、この世界に生きる者なら誰だって知っていた。ただ、知っていること並べて話しているだけである。
どうにか話を、まとめねば。
まとめを。
まとめを。
ああ、しまった、まとまらない。
というか、おれはいったい何を話そうとしていたんだ。この短期間で、完全に見失っている。
どこだ、おれのまとめは、どこだ。
そこへカルがいった。
「つまりずっと、むかしから使っている世界の仕組みだからといって、いま使えるとはかぎらないって、ことですね」
ぽこん、と、そうまとめた。
おっと、やるな、きみ。
みどころがある。
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