おいけん
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
その崖に剣が突き刺さったのは三年前だという。
剣身は白い。
竜払いが竜を追い払うときには、竜の骨でつくられた武器を使うゆえ、白い。
そして、竜は少しでも傷を負うと、空へ飛んで逃げてゆく性質がある。
ただし、竜を竜の骨以外でつくられた武器以外で行えば、たいへんな事態をまねく。あげく、人の世界は滅びるし、滅ぼされてもきた。
まあ、それはそれとして、いま、おれはくだんの崖へ、向かっていた。
きけば、三年くらい前、この近くの町中に巨大な竜が現れた。町の人々が困っていると、どこからもとなく、独りの竜払いが現れ、竜払いを引き受けた。
町の人たちが遠くから固唾を飲んで見守る中、竜払いは竜と遣り合った。壮絶な一戦となったらしい。ところが、ある場面で竜払いは竜の足に身体を捕まれてしまい、そのまま空たかくへ連れて行かれてしまった。竜払いは、上空で必死に応戦し、なんとか、竜から逃れたものの、高い位置から地上へ落ちてしまった。すると、とっさに、剣を崖の側面につきたて、地面への落下を回避をはかる。
竜の方は、空の彼方へ消ええいった。
町の人々が慌てて崖へ向かうと、竜払いの姿はなかった。ただ一本の剣のみが、崖に刺さったまま残されていた。
そして、その剣は、三年経ったいまも崖へ突き刺さったままだという。
町の人々は、この剣の姿にいたく感動したらしく、以後、この町外れの崖の中腹への刺さった剣を『不屈の剣』と呼び、見守ることにした。最後まであきらめなかった竜払いを讃えている。
おれはいま、その剣のある町まで来ていた。噂で、その話を聞いていたので、ほう、どれどれ、と、かるい気持ちで見物しようと。
町から町外れの崖へ向かう。崖までは道が続いているものの、人家の類はなく、人も歩いていなかった。
やがて、崖の下へ到着した。他にだれもいない。
崖の下には、看板が立ててあった。
そこにはこう書いてあった。『不屈の剣、ここにあり』
その崖を見上げる。
さて、剣はどこだろうか。
剣は。
剣。
ない。
ないな。
おや、足元になにか落ちているぞ。見ると、剣だった。
その剣身は白い、確実に竜払い用の剣である。
おれは地面に落ちている剣から視線を外した。崖下の看板を見る。『不屈の剣、ここにあり』と、書いてある。
で、ふたたび、崖を見上げて、左右へ視線を巡らせる。
崖のどこにも剣は刺さってない。
足元には剣が落ちている。
となると。
ああ、そうきたか。なるほど。
そうかそうか。なるほど、なるほど。
おい。
すると、次の瞬間、道の向こうから雑多な気配がした。がやがやと声も聞こえる。さらには「はいはーい、もうまもなくー、不屈の剣ですよー」と、なにやら先導する声も聞こえた。
観光客の小団体である。
けれど、剣は地面に落ちていた。
「いやはやぁ! ようやく見れるぞー!」と、観光客らしき男性らしき言い放つ。「これを見に来るために! 一年間、薄給をためたんだよ、ぼく!」
「そうね、あたな、一年夢見た瞬間が、もうすぐね! わたしも、どんな不屈な雰囲気なのかぁ、血がたぎるくらい楽しみぃ!」
「俺だってそうさ! 人生のたのしみのほとんどをあきらめて、このときにすべてをかけてるんだ!」
うっ、どうやら、咽かえるようなほどの壮絶なわくわく勃発小集団である。
けれど、剣はおれの足元に。
やるしかねえ。
おれは地面の剣を右手に掴み拾い、崖の中腹へ向かって、渾身の力で投げつけ、崖の中腹へ刺さした。
そして、近くの茂みに隠れた。呼吸もほとんど断ち、気配を完全に殺す。
そのすぐ後、観光客の小団体が到着する。そして、剣を見上げ「わー、まー」と感嘆をあげた。
こうして、不屈の剣の伝説を、おれは屈折させた。きっと、この伝説の終わりは、おれが黙っている限り、伝説にならない。
基本的には、やれやれだぜ。
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