すいそくせん
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
ことは、落下物から始まった。夕方、とある町中を闊歩していたときである。
ぐうぜん通りかかった建物の四階の窓から、それは落ちて来た。というより、その窓から何者かに放り投げ出されたらしい。人の意思を感じる、空中軌道だった。
投げられたのは壺だった。群青色の壺である。
おおよそ、まるまった猫二匹ぶんと同じくらいの大きさの壺だった。
夕焼けのなか、壺はおれの頭上へ現れた。
推測するに、壺の落下地点は、おれのすぐ目の前である。
落ちたら割れる高さだった。おれは無意識のうちに落下地点へ移動する。うまく壺を壊さずに受け止められるだろうか。考えながら、落ちてくる壺を見上げる。
いけるさ。おのれの竜払いとして生きて培った反射神経と、運動能力を駆使すれば、受け止められるはずだ。
と、自分を信じた。
けれど、その直後、壺が放たれた窓から「あんな壺があるから家族が駄目になったのよ!」と、女性の激しい叫びが放たれた。
家族が駄目。
なんだろうか。その発言から推測するに、どうやら、いまから落ち来ている壺のせいで、あの窓の部屋の家族に何か問題が発生しと考えられる。
なら、受け止めないで、このまま地面へ落下して割れた方がいいのか。
そう推測し、おれは一歩下がった。
とうぜん、壺は空中に留まることなく、落下してくる。
けれど、今度は同じ窓から男性の声がしてきた。「あの壺はなぁ生き別れおやじの形見なんだぞぉ!」
あ、形見なのか。
しかも、血族の生き別れ情報も入って来た。
そんな壺が目の前で壊れるのも、なかなかやりきれないものがある。おれは、ふたたび一歩前で出た。
さらに、その直後、今度は小さな子どもの声で「あ、あの壺のせいだ! あの壺のせいでぇ! お父さんとお母さんはけんかばかりじゃんか!」と、叫ばれる。
あれ、なら、やっぱり、壺は無い方がいいのか。
おれは一歩後ろへさがった。
壺はもう、建物の二階あたりまで落下してきている。
そして、その高さまで来たときに、同じ窓からさっきとは別の男性らしき声で「お、お客さまぁ! あの壺をお売りいただければ、人生のはんぶんは遊んで暮らせてゆけたのですぞ!」と、必死な意見が飛んで来た。
推測するに、高額ということか。しかも、ひどく高額なのか、あの群青色の壺が。
だとすると、家庭の事情はどうあれ、売れば金銭面で家庭関係改善の資金にできそうだし、割れない方がいいのではないか。
おれは三度、一歩前へ。
すると、またあの女性の声で「ないよ、あの壺を持ってる人は漏れなくみんな呪われてるじゃない!」との情報を放ってきた。
呪いは、きつそうなので、おれは後ろへ。
「その呪いの回避の仕方は取得済みだから!」と、男性の声が。
おれは前へ。
「壺のばかああああ!」と、悲壮な子どもの声が。
後ろへ。
「お客さんごめんなさい! ほ、ほんとは売れば一生分あそんでぇえええ!」
前へ。
その頃には、空中の壺はもう、二階を部分の高さを通過しかけている。
どっちだ。受け止めるべき、受け止めないべきか。どっちと推測すべきか。
瞬間のなか、おのれのすべてを試される。
おれは、落ちてくる壺へ手を伸ばした。受け止めることにした。
そして、壺は、指先にかすることなく、下へ。地面へ向かう。
ああ、落下地点の推測を、誤った。
しまった、と思っていると、壺は地面へ落ちた。まったくの緩衝も得ることができず、地面へ直撃である。
壺は地面を跳ね、跳ねて、跳ねて、そして、転がった。
割れなかった。おれがなにもしなくても、割れなかった。無傷そうだった。
すごくかたい壺だったのか。堅さを推測する情報は、あたえられていない。
とたん、建物の内部から、あわただしく階段を駆け下りてくる複数の足音がきこえてきた。「つぼぉ!」「つぼ!」「つぼつぼつぼっ!」と、叫んでいる。
おれはすぐさま、その場から立ち去ることにした。見たところ、壺は無事だった、けれど、おれが壺を受け止め損なったうえで、地面に落ちても壺が無事だったという事実を知られると、それはそれで、なにか、その場の全員が、いたたまれない雰囲気になる気がしてやならない。
誰も、おれのこの戦いがあったことを知らない方がいい。この戦いは、知られてはならない戦いだった。
おれは夕陽に向かって、いまはただ歩くのみである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます