ひどいやく

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 その夜、ある人物を始末するために、その男は四階の部屋へ侵入した。

 始末する目的は知らない、狙われた人物の名前も知らない、ただ、男性であったとだけは聞いている。彼の家は街でも裕福な人々が暮らす地区にあった。

 狙われた男性の名前はわからないが、狙った男の名前はわかる、レドウ、という名だった。

 中肉中背で、黒い外套を着ている。剣の使い手だった。けれど、相手を始末する手段は剣以外にも豊富に持っていた。自然を装うことも、あからさまに不自然して始末することもできた。レドウというその名は、その界隈ではよく知られた名だったという。

 これまでも、この街でレドウの仕業と思われる件があった。けれど、レドウの姿は誰も見たことがなかった。

 そして、とある夜、闇に紛れてレドウは狙った人物の家へ侵入した。四階の住居に侵入し、寝室で眠っていた男性を襲撃した。掴み起こし、四階の窓から投げ捨てる。不自然な方を、それが依頼主からの要望だったのかもしれない。けれど、不測の事態が起きた。狙った人物には、娘がいた。二十歳になる女性で、彼女は盲目だった。なにか気配を察知してか、男性を襲撃した寝室へとやってきた。もしも、部屋に明りがつけば、レドウも彼女の接近にも素早く気づけたのかもしれない。彼女には明りは不要だった。

 彼女の出現に動揺しながらも、レドウは男性を窓から落とす。四階から地上へ。ただし、下はやわらかい茂みだった。固い地面を狙って落とし損ねた。動揺したのかもしれない。窓硝子も大きく割れた。その破片の一部が、彼女の方に飛んだ。彼女はそれで額を大きく切った。出血した。

 犯行後、レドウはすぐに家か出ようとした。その際、額を切った娘を目にした可能性はある。窓硝子を失い、月明かりが部屋に差し込んだのかもしれない、それで、彼女の姿を見たか。

 これまでレドウは狙った者以外を傷つけたことがなかった。とっさに、額を切った盲目の娘のそばにゆき、止血をした。

 すると、娘はいった。

『ありがとう』

 父親を窓から落とした相手と知らずか、否か。

 四階から落とされた男性は、芝の上に落ちたことが幸いし、一命はとりとめた。ただ、意識は不明だった。母親の方は、かなり前に亡くなっていた。

 娘に応急処理をした後、レドウは現場から消えた。このとき、奴が何を感じ、考え たのか、知る由もない。

 けれど、次の日、レドウは娘のもとへ訪れた。どういう説明をしたのかはわからない。奴は盲目の娘だけになった家へ入り、そして、それからしばらくの間、目のみえない彼女と暮らした。

 このふたりの間に、どんな日々があったのか。それもわからない。彼女の父親は、ずっと意識が戻らなかったし、そのまま数日が過ぎた。

 レドウという男は、本来かなり慎重な人間だった。始末を実行した後は、どこかに完全に消える。ところが、今回は、現場に戻って来た。

 その後、落とされた男性の意識が戻る。

 それをきっかけに、レウドは見つかった。

 いっぽう、この街には王がいる。

 王は、いつだって、この街の人々を見守り、この街の人々に安らぎを与える、らしい。

 そのあたりのせいかくな文言は、聞いたけど、おぼえていない。とにかく、この街には王がいる。王は人々を守っている。

 けれど、その王は姿を見せない存在らしい。みえないけど、つねに、人々のそばに寄り添っているという。人々は、姿を見せない王の存在をむかしから信じている。

 そして、王には、王に使える竜払いたちがいる。

 その仕組みをはじめて知った時、ひどく不思議な話に聞こえた。

 人は竜が恐い。だから、人のそばから竜を遠ざける者たち、竜払いがいる。竜払いは、竜を払う者たちだった。少なくとも、おれはそう認識している。

 けれど、この街ではちがった。竜払いはとは、いわば王の兵のことをさす。この街で竜払いと呼ばれる戦士たちは、王のために動く。

 レドウを発見した竜払いたちは、この夜、集結して、作戦を実行した。盲目の娘の家へ向かった。その数は四人。

 みな、竜の骨で出来た剣を持っていた。この街の竜払いは、その剣で人と戦うらしい。

 そして、この街では、まだ竜払いとしては正式な立場になく、見習いというべきか、竜払いへの昇格を目指す者たちがいる。エマ、彼女もその他大勢のひとりだった。

 この夜、竜払いたちのために、手伝いにかりだされた。レドウが逃げないように、 地上の包囲網の一部として、数人が配置された。

 おれはというと、手伝いをするエマの手伝いとして、連れ出された。

 この街で正式な竜払いになろうとするエマに対して、おれはただの彼女の連れでしかない。おれの方は、竜を払うために使う、竜の骨で出来た剣は携えているものの、立場的には、この街でいう、竜払いではない。旅行者だった、一般人だった。

 竜を払わないのに、竜払いと呼ばれる、王の兵たちに。

 それには、やはり、しっくりこないまま、エマの隣にいた。

 竜払いたちが、レウドがいる四階の部屋へ突入した。すぐに破滅音がして、静かになり、ほどなくして手負いのレドウが四階の窓硝子を破り、地面に着地した。

 手負いだった。

 そして、レドウは片手に、抜き身の竜払い剣を持っていた。

 直感的に、その剣が似合っていない、と思った。

 竜払いたちから、剣を奪ったのか。

 奴のすぐそばに、エマが立っていた。そして、彼女はその場にへたり込んだ。

 レドウは躊躇なく持っていた剣先をエマ喉へ突き刺す―――

 寸前、おれは前へ出た。おれも剣は持っている。けれど、この剣は竜を払うための剣だった、人には使わない。

 それでも、鞘はべつだ。

 エマへ迫るレドウの剣先を鞘ではじく。

 はじいた後で、ああ、こいつがレドウか、と認識した。

 そして、鞘で奴の剣をはじいた瞬間、出血があった。レドウ側からこちらへ散ったものだった。顔に少しついたのがわかる。剣を鞘ではじくと、向こうの態勢が崩れた、踏みとどまる力がほとんどないらしい。奴がうしろへさがる、けれど、致命的な転倒は回避していた。

 手負いの中で、最善の動きをしている。身体も精神もよく鍛えられている。

 無傷の時に、遣り合いたくはない相手だった。

 奴が後退し、距離が出来た。すると、外套の向こうから、奴の眼がはっきりみえた。

 眼と眼が合う。

 おれの似たような歳の男だった。

 直後、レドウはその場から走り去った。

 おれは追った。手負いで猛りも、焦りもあっただろう、けれど、奴は無差別にエマへ攻撃した。仕留めるしかない。

 奴が夜の街をかけてゆく。追いかけながら、おれはそれを探す。

 路面の工事中の場所に落ちていた、手ごろな瓦礫をみつけ、それを掴む。

 川へ飛び込もうとしている、レドウの背中へ向け、掴んだこの街の一部である瓦礫を全力で投げた。それは奴の背中の芯に命中した。奴は川へ飛び込む前に、その場に崩れ落ち、倒れ、動きを完全にとめた。

 その後は王の竜払いたちが駆けつけて、すべてを奴を連行していった。追いついたエマとおれに、その場の役割はなかった。

 奴がいったい何を考え、何を思っていたのかはわからない。言葉は何もかわしていないし、事件の全貌も、狙った男性との関係、それから盲目の娘と何があったのか、なにもかも知らない。

 ただ、もしかりに、奴の生き方か、ひとつの物語だったとしたら、おれは突然現れた端役に過ぎないはずだ。

 物語を台無しにする端役。

 ひどい役だ。

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