なれないなれそめ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



「わたしの学生時代のともだちでローズという女がいる、彼女には長い間、恋人がいない」

 という、出だしでエマは話を開始した。

 あいかわらず、エマの赤いおぱっか頭は健在だった。おれの少し前を歩き、赤い毛先をゆらしている。両手でつかんでもちあげたら、すぽん、と髪だけ取れそうだった。

「で、じつはわたしは彼女にはかりがある。やつめ、ここ数日しつこく、そのかりを返せ返せ、と、がたがた言いはじめた、誰か恋人候補をよこせと。今日はそのかりを強引に返すために、ローズへその手の人材を紹介することにした。でも、男のあてがぜんぜんないんで、ヨル、あんたに役目へあたえる、名誉のない仕事だ、名誉のない戦場ともいえる。だいじょぶだよ、あの子には、あんたの話を前もって、いっぱいしてるから、超してるから、話、あることないこと。だから、恋人になることはないから、はじまるまえから終わってるから、可能性は皆無だから、破滅は固定されいているから」

 と、説明しながらエマは、おれは川辺へと連れられた。

 よくわからないが、これから、おれへローズという女性へ紹介するらしい。けれど、どうやら、その邂逅は、邂逅するまえに、すでに破談が決まっているという。

 エマに外へ連れ出されたときは、てっきり街に現れた小さな竜を捕獲するためだと思った。ちがうらしい。

 そういえば、今日は虫取り網をもっていないし、虫篭もせおっていない。

 いや、彼女が道具をすべて忘れたのかと思っていた。最強のうっかりでも発症したのかと。

 けれど、そうではないらしい。どうも、エマの話によれば、最初から不成立しない出会いのために、おれは連れ出されていた。

「これがどういうことなのか、あんたには、ちょっとわからないでしょうね」

 うん、わからない。ちょっと、どこどころではなく、超大にわからない。

「ふふん」

 いっぽうで、エマはかすかに笑った。少したのしそうだった。

 そうして歩いている間に、街の中に流れる川までやってきた。橋を渡る。

 橋は馬車が行き交ってもしても充分な幅があった。風は無風である。

 太陽は空へ浮かんでいた。陽の光は川のうねりに反射して、きらめきとが流れゆくようにも見え、両の川辺には、歴史ある建造物が堅く立ち並び、この街の三百年の厚みを感じさせた。

「この街は、恋人たちの街だからね」

 と、エマがそう言い放つ。

 ただ、そういっただけで、。追加の捕捉はなかった。

 けれど、ふしぎと、それはどういうことだい、と追及するのは無粋な気がした。なるほど、この街では、そのふわっとした言葉が、しっくりくる。なんせ、こうして見渡す限りでも、川辺には延々と恋人同時が並んで座っている姿がある。

 で、橋を渡り、川の反対側まで来た。階段をおり、川辺までゆく。

「あの子がローズ」

 と、エマが指さす先に、女性がいた。エマと同じ歳くらいで、二十代中盤か。

 髪が青い。けれど、つむじあたりが、茶色い。

「へい、ローズ」と、エマが彼女を呼んだ。

 ローズと呼ばれた女性は振り返り、おれを見ていった。

「別れましょう」

 まっすぐに目を見て。

 眉毛の先端が、はさみのように二手に別れている女性だった。

 というか、別れましょう、というその台詞を放つ前提となる物語が不在にもかかわらず、別れましょう。

 こちらとしては、なにが、としか、言いようがない。

 これは、かかわると不要な心の負担になりそうである。

「さようなら、たのしかった!」

 と、いってローズは叫び青い髪を乱し、走って去って行く。

 ここでも、なにが、としか、言いようがない。

 そして、あいかわらず風は無風である。

 すると、エマがいった。「いったじゃん、あの子には、あんたに合わせるまえに、たくさん、あんたの話をしたって、どういう感じと男とかをね」

 おれの話をか。

「ローズはさ、むかしから想像力が凄いから、こういう、誰かのとの出会いとか用意すると、出会う前から付き合ったときのことを、ぐんぐん想像してって、想像のなかでまだ存在していないふたりの関係をぐいぐい進行し、あげく別れまでいってしまうの、出会う前から毎回な。ま、結末はどうあれ、わたしは形式上、これでローズへのかりは返した、それでいい」

 ああ、たいへんですね。

 と、頭のなかで述べていると、少し先でローズが地面のささいな突起につま先がひっかかり、派手にこけて、派手に川に落ちた。

 彼女がこの街の一部となった。

 そして、この胸に去来したのは、手応えのない虚しさである。

 すると、そのときたまたま通りかかった一人の青年が「げ、街角の身投げだ!」と、驚きつつも、川へ飛び込み、川底へ沈みゆく青髪のローズを救出した。

 それが、後のローズの恋人となる青年である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る