なめたし

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 とうもろこしはたくさん育てているものの、この町には宿屋がない。

 むろん、とうもろこしをたくさん育てていることと、町に宿屋がないことは、あまり関係ない。

 そもそも、旅人が頻繁に訪れない町だった。ゆえに、宿屋が商売として成り立たないのはしかたがない。

 ただし、さいわい、この町にはおれを自宅に泊めてくれる人がいた。ズン教授という男だった。

「君がこの町に来た際は、かならずわたしの家に泊めよう、約束する」と、宣言していた。「なにがなんでも泊めるさ、部屋もあいているし、あいたし、さいきん、ひと部屋」

 そういい、さいきん空いた部屋へ案内された。けれど、おれは「ここは不可です」と、いって拒否し、代わりに居間の長椅子で寝るようにしていた。

 ズン教授は「食事も与えよう」とも言った。「おもに、とうもろこし料理になる」

 彼、がおれに食と住を提供するには、とある画策があった。おれをこの町を拠点とし、近隣の町へ頻繁に行き来させたい。あの、あまたの竜が横行する、危険な竜の草原という場所を渡って。

 この大陸では、どの町の人々も自力で竜の草原を滅多に越えない。危険とされているからだ。だから、物資等々も専門の者に運ばせている。そのため、輸送量は高い。さらに、竜がいるため、安全な道もつくれない。

 ことになっている、らしい。

 けれど、おれのような人間が、自由に、平然と竜の草原を何度も越えて、各町へ行っていれば、そのうちに、みんな、なんだよ、あいつ、たいした用事もないのに、竜の草原を無事に何往復もしているし、もしかして意外といけるのではないか。

 と思うに仕向け、やがて、なら、いけるか、とさせて、人々に道の着工へ致せる。という、画策がズンにはあった。

 雑な画策である。

 ただ、衣に関しての提供はない。

 けれど、洗濯する道具、および、洗剤は提供された。そして、渡されたのは、こちらが未知の洗剤である。

 しっかり、洗えるのだろうか。

 さやかな不安を抱えつつ、晴れているので、さっそく、洗濯である。いつも着ている外套をはじめ、その他の衣類を洗濯し、彼の家の庭に干した。

 ほどよい晴れの日だった。夕方までには、物干しに干したものもかわきそうだった。

 おれは庭先にあった心地良さそうな椅子へ腰を下ろす。鞘におさめた剣はかたわらに置いた。洗った衣類がかわくまで、そこで本を読むことにした。

 そよ風が吹いていた。静かで、遠くで、とうもろこし畑がゆれる音がきこえる。

 髪もゆれていた、少しのびている。

 洗濯した外套もゆれている。

 にしても、未知の洗剤で洗ったし、あれでしっかり洗濯できているのだろうか。きれいになっているのだろうか。

 そんな未知の洗剤への不安がよみがえったころだった。ふと、一匹の紺色のねこが歩いてやってきた。

 で、ねこは立ち止まり、干していた外套を見上げると、すそを、べろり、と舐めた。

 そして、歩いて行ってしまう。

 なんだ。

 おれは本を置き、椅子から立ち上がり、干した外套に近づく。

 なぜ、舐めた。

 いや、けれど、なんだか、ねこが舐めたし、ふしぎと、あの洗剤はだいじょうぶな気がしてきた。

 と、思い振り返ると、さっきまでおれが座っていた椅子に、ねこがいて、まるまり居心地はよさそうに、寝ている

 しまった。

 舐めたのは、おれを椅子から離すための陽動。

 やるな、なめたねこめ。

 

 

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