けんとうごにん

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 おれは竜を追い払う、竜払いである。昨今、わけ、あって、いまおれの首には賞金がかかっている。おれをやつければ、お金を貰えた。

 賞金首になった理由は誤解によるものらしい。そのあたりは、ふんわりとした情報しか知らない。けれど、現実、ここのところ賞金稼ぎに追われもしたし、攻撃をしかけられたりもした。その都度、何とか生き延びることはできた。

 で、その現状を加味すれば、今日、いまこの場も、たしかに起こりえる。

 では、どういう状況かというと、少し過去へ戻る。

 今朝、おれは依頼者の代理人経由で、竜払いの依頼を受けた。とある屋敷の庭へ竜が空とり降り立ったので、追い払って欲しいという。馬くらいの大きさの竜とのことだった。

 人は竜が怖い。けれど、竜を倒すのは難しい。なにしろ、竜は強い。ただ、追い払うのは、倒すよりは難易度はさがる。

 そこで竜払いに声がかかる。

 おれは依頼を受け、剣を背負い現場へ向かった。

 ちなみに、竜を追い払うための剣は、竜の骨でつくられているので刃が白い。竜は竜の骨でつくられた武器で攻撃しないと、ひどく怒る。竜は世界を滅ぼしにかかる。現実、過去に人類は数えきれないほど竜に世界を滅ぼされた。

 依頼者の代理人から現場までの地図は渡されていた。徒歩にて向かう。

 そして、現場へ到着した。

 依頼は、屋敷の庭に現れた竜を追い払って欲しいという内容だった。

 なのに、まず、そこに屋敷がなかった。庭もない。ただの森だった。そして、森の中に、石積みつくりの古い塔が建っていた。おおよそ、五階建ての建物くらいの高さの塔である。

 で、いま、現在。

 おれはその塔の麓に立っていた。

 場所をまちがえているのか。と思い、あらためて地図を確認する。けれど、場所はここで間違いなさそうだった。

 なんだろうか。と、思っていると、背後で不穏な気配がした。

「ヨルよ」

 かすれた声で名を呼ばれる。振り返ると、外套を頭からかぶった男だった。顔の上半分は翳ってよく見えない、口元だけが見える

 その口元は不敵な笑みがあった。

「竜など、ここにはいないは」

 と、男は言い切った。

 罠か。

 まあ、想像できる罠だった。

 一言で感想を放つとすれば、そう。

 わー、きらいだなぁ。

 いっぽう、外套を羽織った男は言う。

「ここが貴様の墓場だ」

 ここが貴様の墓場だ。

 とか、そういう邪悪な台詞を他人に向けるような人生でいいのか、君は。と、考えているおれに対し、男は続ける。

「この塔は五階まである。それぞれの階には、屈強な戦士が待機してる、そう! 五人の拳闘の選手を雇ったのさ!」

 なに、つまり、それぞれの階に、拳闘の選手がいるのか。五人が待機しているのか。

 全員、拳闘選手なのか。全員、拳闘選手。

 こういうとき、階層ごとに戦士の種類変えたりしないのか。たとば、一階は拳闘士、二階は剣士、三階は棒術使い、など。

 そうやって、いろんな種類の戦士を用意すれば、もしかすると、標的の戦い方に対して、相性の悪い戦闘術をぶつけられる可能性だってある。

 いや、まあ、いいけど。敵の失策なので、まあ、おれには、めでたいし。

「ヨルよ、この塔を生きて出るにはすべての階の戦士を倒し、最上階を目指しかないのだ! はは、貴様は終わりだ、頂上まで辿りつけるはずがない! 賞金は私がいただく!」

 男は指さし、叫び、さらに不敵に笑った。

 全員倒さないと、塔から生きて出れないか。

 おれは塔を見上げ、それから男を見た。

 それから、敬語で、こう言ってみようと思った。

「あの、それは、おれがこの塔の中へ入ってから、説明すべきではないですか」

 男の反応は遅く、数秒して「………ん、なにって?」と、いった。

「いえ、だって、この塔を出るためには五人倒さないと、って言われても、おれはまだ、中に入ってないので、塔に」

 男は沈黙していた。

 おれは続けた。

「ここは塔の外ですし。あ、まてよ、もしかして、この人質を助けたいなら、塔の中へ入れ―――などと」

 男は沈黙していた。

 その沈黙で悟る。人質の用意はない。

 おれも沈黙した。

 で、沈黙のまま、おれは塔から遠ざかった。よもや、おれがこの場にいる理由は、微塵もねえ。

 そして、塔を背中にしながら、考えたのは、果たして、塔のそれぞれの階で待機しているという五人の拳闘士たちの日当は支払われるのだろうか、だった。

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