げきとつからあなたへ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
北の竜払いたちと、南の竜払いたちが二手にわかれて、もめている。
らしい。
どういう理由でもめているかは不明だった。とにかく、この大陸の北側で竜払いをする者たちと、南側で竜払いをする者たちが、もめている。
らしい。
その噂を聞いたのは三日前だった。そして、三日後、その光景を目にした。
真昼、とある町の外れにある、見渡しいのよい平らな草原に、無数の竜払いたちが集合していた。四百人はいる。男しかいない。
吹く風は微量で、草原をほのかにゆらし、空は青く、晴れていた。
草原の北側に、主に大陸の北側で竜払いを請け負う竜払いたちの軍勢。
草原の南側に、主に大陸の南側で竜払いを請け負う竜払いたちの軍勢。
みな、戦鎚を抱えている。
この大陸の竜払いは、竜を払うとき、大きなかなづちのような戦鎚で竜を叩いて払うのが主流だった。戦鎚はどれも大きく、重く、それを扱う竜払いたちの身体は総じて大きく、筋肉もすごい。みな、ふつうの人の足、のような太さの腕回りをしていた。背も高い、山のような者たちばかりだった。そして、上半身が露出気味の服を着ている者が多い傾向にある。筋肉があり過ぎて、少し動くと、服がやぶけてしまうだとか、あるいは、筋肉そのものが、もはや服のようなものだとか。
後者の語りについては、深追いはすまい。
そして、いま、そんな感じの竜払いたちが、この草原に集っている。双方、それぞれおよそ、二百人くらいずつ。あわせて、やはり四百人ほどの竜払いたちが、軍勢となり、向かい合っている。
みな、肩には、巨大な戦鎚を担いでいる。もし、彼らが一斉に破壊行動を行えば、そこそこの城など、またたくまに瓦礫に出来そうだった。もはや、ちょっとした軍、対、ちょっとした軍、の状況といえる。
そして、おれは、その光景のそばを偶然、かりかかっただけだった。通りかかったのは、きわめて不運な偶然であり、すぐに、かかわってはいけないと察知した。ぜったいに、関与してはならない。脳がけたたましい音で警鐘を鳴らしていた。
きっと、損しか、しない。
ああ、きっとそうだ。
幸い、双方の軍勢とは、距離のある場所に立っていた。犬に棒を投げて、ぎりぎり、とって帰ってこられるくらいの距離である。このまま、通り過ぎよう。
「おおおおおっ、ヨルか!」
そう思った矢先、野太い声で呼ばれた。
呼んだのは、南側の軍勢のひとりの男だった。
遠目でもわかった。フルゲーヂ、彼だった。そこにいる竜払いの誰よりも身体が大きく、露出した筋肉が、誰よりも、てかてかしている。仕上がった感じが、遠くからでもわかり、たちが悪い。
「ヨル! おい! ヨル!」
フルゲーヂが呼ぶ。おれの名を連呼する。
で、双方の竜払いたちは、すでにおれの方へ視線が集まっていた。おれは丁度、ふたつの軍勢の間に位置する場所に立っていた。敵味方にわかれた総勢約四百人にも及ぶ、山のように大きい男たちの視線を、一点集中をくらい、その、あまりに圧に、一瞬、内臓のひとつが内部爆発するかと思った。
気づかないふりをして、立ち去ろう。
と、思ったが、フルゲーヂは戦鎚を掲げて駆けてくる。重い戦鎚を担いでいるのに、彼の足は速かった。たとえ、こちらが走って逃げたとしても、おそらく、けっこう距離を走らないと、振り切れそうにない足の速さである。
ついに、フルゲーヂはおれの前まで来た。あいかわらず、大きいし、すごい筋肉だった。
「よう、ひさしぶりだな!」
と、声をかけて来た。彼は、友人ではないし、竜払いとして、ともに竜払いの依頼をこなしたことはない。けれど、以前、特殊な事情で、共有の相手と、一緒に戦ったことがある。
ここまで近づかれ、声をかけられたら、もはや、気がつかなかったふりは、圧倒的な無理しかない。
そして、けっきょく、人としての持ち前の高い社交性が機能してしまった。おれは「あー」と、声を出してから「どうも」と、反応した。
「なんだ、おまえもやるのか」
と、フルゲーヂが訊ねて来た。
なにを。
と、おもい。
「なにを」
と、きいていた。
「見りゃわかるだろ、北の奴らを、今日、始末する」
迷いなく野蛮な発言を放たれる。
「なぜ」と、おれはとっさに聞いた。
「なんとなくだ」
フルゲーヂは言い切った。
言い切ったが、言い切っただけで、そこに、こちらが理解できるための情報が何も含まれていない、零だった。
「なんとなく、一年に一度」フルゲーヂは肩に担いだ戦鎚をぽんぽんしながら言う。「北と、南の竜払いでわかれて、ここで激突するんだ。歴戦の猛者のみ、参加可能だ。俺らは北側で、敵は南側。で、いまから、ただ、激突し、ただ、勝ち負けを決める、それだけだ。無論、引き分けは塵だ。引き分けは無い、決着しかない」
そう聞かされ、もう一度、なぜ、と聞きそうになるのをこらえる。
そして、こちらが沈黙していると、彼はおれが感銘でも受けたのかと、勘違いしたのか「憎しみはない。とにかく、暴れたいだけだ。北の竜払いも、南の竜払いもな」と、追加情報をあたえてくる。
あたえられても、精神の負担以外、なにものにもならない情報の最高峰である。
「ああ、安心しろ」と、フルゲーヂは続けた。「竜払いの商売道具の、この戦鎚で遣り合うわけじゃねえよ、これを使うのさ」
と、フルゲーヂは腰の後ろにさしていたものを取りだす。
木の、棒だった。
「怪我しないように、この木の棒を使って殴る」
「するだろ、木で叩いても、怪我」と、たまらずおれはいってしまった。「木の硬さならするだろ、怪我。もし、眉間とかに直撃したら、割れるだろ、破損するだろ、人体の中でも比較的大事な箇所とか」
「そんなことで怪我するやつは、竜払いとは認めねえ」
個人の見解だとして、どうしょうもないものを告げてくる。そこに迷いはない、むしろ、かすかな酔いしれさえある。
とにかく、これ以上、深いりしてはいけない。いますぐここを離脱する、その一択である。他の選択しは、ねえ。
決したとき「おおおおい!」と、南側からひときわ、巨躯の男が木の棒を手にやってきた。白髪に、白い髭を口回りに生やし、身体には無数傷と、入れ墨が彫らている。
「なにもたついてんだ! きょうだいよ!」
すると、フルゲーヂは「おおよ、ゲルドーヂ」と、大男を読んだ。「ヨル、こいつは俺の、兄弟だ」
そうなのか。聞かされて目を向ける。
たしかに、フルゲーヂに似ている、彼とり十歳ほど年齢は上のようだった。
「弟の、ゲルドーヂだ」
弟なのか。
年下なのか。
ああ、そうか。
とにかく、これ以上、深いりしてはいけない。
「よおおおぃしぃいい!」と、フルゲーヂが声を上げた。「やるぞぉぉぉ!」
やるのか、よし、逃げよう。
とたん、フルゲーヂは弟の背中を蹴り飛ばす。
いや、一回自軍に戻って、一斉攻撃開始とかじゃなく、いまここで開始するのか。
そして、それが合図となったらしい、北と南の軍勢が同時に走り出す。みんなで、こちらへ向かって来た。さらに、みんな、身体が大きいのに、とてつもなく足が速い。さすが竜払いたちである。たのもしい。そのたのもしさが、いま、こちらへ向かい、巨大な暴力の波となって襲いかかってくる。よく見ると、みんな、ちゃんと木の棒を持っている。そこは、きちんとしてやがる。両軍は正面からぶつかることなく、そのまま、こちらへ向かって来る。気分は、おれひとり、対、戦争である。けれど、ほどなくして、両軍の先端と先端がぶつかった。さながら雪崩の正面衝突だった。剛力軍勢同士のすさまじいぶつかり合いで、何人かが玩具のように空を舞った。木の棒も飛んだ。そして、乱戦になる。敵味方が入り混じる。ただ、そもそも、敵も味方も似たような筋肉、上半身の露出かつ、男たちのみである。みんな、同じような散髪屋にいったような髪型で、髪型の種類がそもそも、三種類ぐらいしかない。長いか、短いか、剃髪、その三種類しかない。それが入り混じる。ゆえに、敵味方の判別は不可能だった。だからだろうか、味方が味方を木の棒で殴り、敵が敵を木の棒で殴っている光景が多発していた。とにかく、殴る、蹴る、投げる。投げるときは、近くへ投げたり、遠くへ投げたり。足払いをしたり、怒鳴って罵倒したり、ちいさな罵倒だったり、ぼこぼこに叩き、けれど、気絶している者以外は、喜々としている。出血の似合う笑顔をしている、血も笑顔もこぼすに、こぼしまくる。そんな、いかなるもの制御下に無い世界が展開さていた。
以上。
それが、おれがその場から逃げ切るまでに目にした光景だった。場を離れることに成功してからは、振り返ることもしなかったし、勝敗がどうなったかも、確認していない。きっと、勝敗に意味はない。
ただ、いえることはひとつだった。
後日、続出した竜払いの膨大な怪我人により、おれのところに来る竜払いの依頼件数がが、ひどく増えた。
さらに、ふだんは依頼を回されない、新人の竜払いたちに似たようなことが起きていた。熟練の戦士たちが、愚かな理由で怪我をしているので、依頼を受け付けられない状態だった。そのため、新人たちに竜払いのへ依頼が大量に回されるようになっていた。
そのため、この時期、新人たちは大量のこなすことになるらしい。だから、毎年この時期には、新人の竜払いは、急にぐんぐん育つらしい。
となると、まさか。
あの戦いの狙いは。
この時期、あの戦いが開催される、意味は。
と、思ったり、思わなかったり。
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