こまるいっしょ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
めずらしく、この大陸で、剣で竜を払う竜払いと出会った。
正確には、町で食料を調達していると、向こうから声をかけ来た。
男だった。剣を腰にさげている。
見たところ、五十代前半ほどか、頭部の中盤あたりから生えた長い白髪を後ろでまとめ、馬の尻尾のようにゆらし、眼光は平和な町の風景にはふさわしくないほど鋭く、常に何者かに狙われているかのようであり、口回りに意味深に生やした髭は、頭髪の色に反して黒々としていた。
中肉中背で、腕を組み、立ち姿には静かな威圧感がある。
「ヨルさん、ですね」
彼はおれのことを知っていた。この大陸では、剣で竜を払う者は少ない。それで、どうも、噂を聞いていたのだという。
「小生たちは、少数同士の竜払いである」と、彼は鋭い眼光をそのままにいった。「なので、ぜひ、時間に余暇などあれば、交流など」
「交流、ですか」
「はい」
と、男は大きくうなずいた。
で、男は話し出す。一方的だった。これまでの自身の戦歴を筆頭に、これまでの自身の報酬額の話し、獲得した知名度、そして、剣に生きるとは何か、その精神の話を。
おれの方は、食料を調達している途中だったため、なにげなく、移動して店を回りながら話を聞いていた。彼はそんなおれの横に着き、こちらの鼓膜へその語りを流し込み続けてくる。
買い物が終わっても、彼は語り続けていた。腕を組み、昼間の町にはいらない鋭さの眼光をそのままに語る。とりたてて、相手が反応しなくても、いいようだった。
とはいえ、こちらも予定がある。食料を手に入れたし、竜を払いに行かねばならない。どうしたものかと思い、そこで、じんわりと、町の外へ向かってみる。そして、彼は話しを続けた。おれは、そのままじんわりと、町から出た。彼には、かんけいなかった、まだ語り続けている。
やがて、大きな木の橋まで来た時だった。橋脚は高く、その下に流れる川は、昨日の降った雨でかなり増水していた。流れの勢いもつよい。濁流気味だった。
橋を渡りながら、男は隣で語り続ける。
「すなわち、まあ、小生のように、剣に生き、剣に心を培われた者ともなれば、精神、そう、精神もまた、強靭な仕上りをみせております。剣は、人の精神を完成させる、唯一の存在なのです」
おれは「なるほど」と、だけ伝えた。
その言葉には、心を微塵もこめていない。まったく、なるほど、とも思ってはいない。ただ、口から出した、ただの音以上のものはない。
「小生のように、ここまで剣により、精神を鍛えさえすれば、たとえ、どんな不測の事態が起こったとしても、よもや慌てることなどなくなります。まったくない。常に、冷静、冷静の中の冷静でいられるのです。どんな状況でも完璧に対処可能。剣による、精神の完成こそ、剣にしかできず、それを完成させたのが、小生だ。うん」
そう、彼が橋の中腹あたりで語った直後だった。
川の上流から気配を感じた。視線を向けると小さな丸太が流れて来る。
とたん、彼が「あぶない! あの丸太で橋が壊れる!」と、叫んだ。
いや、あの大きさなら、大丈夫では。橋が壊れることは、まずないのでは。
けれど、彼の方は橋の上にいては、危険だと判断したらしい。橋の欄干へ足をかけ、川へ飛び込んだ。
丸太が流れて来ている上流側へ。
なぜだ。
ああ、そうか。きっと、下流へ飛び込むのとまちがえた。いや、そもそも、川へ飛び込むという判断じたいがまちがいではないか、そういう議論ありそうだった。
そこへ、丸太が流れてくる。
そして、うつくしいまでの間合いで、丸太は川へ落ちた彼へ直撃した。それによって、丸太の軌道がかわった。橋脚に接触することなく、そのまま橋の下を流れてゆき、丸太は下流へと向かった。
その後、川の濁流音だけがおれを包んだ。激しい濁流音なのに、ふしぎと、とても静かに感じた。
様々なことが、めんどうでたまらなかった。けれど、おれはしばらくその場で待機することにした。やがて、近くの岸へ、彼が、どべ、とすがりつくように川から彼が出て来た。
立ち上がり、橋まで戻ってきて、おれへいった。
「あぶない、ところだったぜ」
笑顔である。
おれは、ただ無視した。
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