にふ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 そこは裁縫が得意な町、という、ふしぎな情報をもらった上で向かった。町の中に、竜が現れ、払って欲しいという。

 町に到着すると、依頼元である町の代表者の家へ向かった。大通りには、裁縫で扱うだろう、生地やさまざまな用品を扱う店が多数ある。たしかに、裁縫が得意そうな町の印象を受けた。

代表者の家に着き、戸を叩くと、家の主は不在で、代わりに、二十歳ほどの娘さんが対応してくれた。

「おまちしておしましたぁ! にふ!」

 娘さんは元気がよかった。さあ、飛び出せ、ばかりに扉を開けて出てきた。

編むのに難易度の高そうな花柄の頭巾をかぶり、それと同等の花柄の編み物を着ている。ただ、見たことない花の柄をあしらっている。

現実に咲いている花なんだろうか。

 考えながら家の中へ通される。室内には、大小さまざまな裁縫用具がそろっていた。得意そうである。

依頼の詳細について聞くと、やや太った猫ほどの大きさの竜が町の一角に出現したらしい。小さな竜だろうと、やはり、ひとは竜が恐い。この町で暮らす人々が、不安になっているはず。

 では、と、竜を払いに向かおうとしたときだった。

「わ、そうそう、ちょっとだけお待ちを!」彼女はそういって、一度、激しい動きで家の中へ引っ込み、奧の部屋でどたばた音を鳴らし、やがて、小走りで戻って来た。

で、にふ、と笑った。

 手に何かを持っている。ぬいぐるみだった。

花柄の得体の知れない四足歩行動物を模した、太った猫ほどの大きさだった。馬なのか、牛なのか。

 あるいは、かえる、なのか。

 いったい、何の生物を模したのか、不明のぬいぐるみである。

「これ、お土産に」

 彼女は、それをおれへ寄せて来る。

「わたしが編んだんです、どうか、お土産に持っていってください」

 言って、にふ、と、また、やや特殊性を怯えた笑顔を添えて渡してくる。

 お土産。

 これから竜を払うおれへ、お土産。

 渡すとするなら、せめて、竜を払った後で、お土産を渡す流れでは。なにしろ、このままでは、このお土産を持ったまま、竜を払うかたちに。

 邪魔になるのではという、不安。

「ほら、ここの紐がついてますの、しかも、この紐には特殊な留め具もつけてある! だから、ね。かんたんにはとれないし、からだの、好きなところくくりつけられますよ! にふ!」

 大発明、みたいな感じで、紐の件を話してくる。

 大発明、ではないが。

と、心の中で言い返しつつ、おれはぬいぐるみを手にとった。

 やはり、渡すなら、払った後で渡されたい。けれど、御好意にはちがいない。ここは感情を溜飲せねば。

「ち、な、み、にぃ!」彼女はそのぬいぐるみを、自動的におれの外套へくくりつけた。左の腰である。「ここにつけるとか、おすすめです!」

 腰に、そこそこの体積のぬいぐるみがぶらさがる。

 邪魔の、完成である。

 で、彼女は笑う。にふ。

 いや、これは、そう。御好意である。

そう、御好意である。おれのいまのこの感情はさておき、御好意である。せめて、竜を払った後に渡してほしいが、御好意である。御好意なんだ、そう、御好意、御好意。

 と、おれは内部で呪文のように、御好意、御好意、と唱え、いまを乗り切ることにした。自分に暗示をかける。

 やがて、彼女は、にふ、と笑い、小声で「あ、あの…、そ、そして、できれば、これを、わ、わたしだと思ってくだされば」と、言って来た。

 おれは聞こえないふりを、静かに熱演対応である。

 で、竜を払いへ向かった。

 腰につるされた、得体の知れないぬいぐるみは、ただの歩行でさえ、じつに妨げとなる。

 やがて、竜の前へ立つ。で、竜を払った。

 空へ還す。

 ただ、その竜を払う際、腰に留め具でつけられたぬいぐるみが、竜の吐いた炎で焼かれた。身体の他の部分はまったく焼かれず、ぬいぐるみだけが焼かれた。ぬいぐるみは、ほとんど灰燼に帰す。やがて、残ったわずかな部分も、ぼてり、と地面に落ち、その衝撃で砕け、さらに風に吹かれ、この世界にとけていった。

 それから少し歩いてみた。歩きやすい。

 あれは彼女に、彼女だと、思って欲しいといわれた、ぬいぐるみだった。

 そして、いま、ぬいぐるみを彼女だと思い、にふ、としてしまった、おれがいた。

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