ぶつかりがち
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
竜払いに時間がかかり、依頼を完了した後、最寄りの町へたどり着いたときには、夜遅い時間帯になっていた。
こういうとき、とある問題に、よくぶつかりがちである。
おれは、ゆだんしないようのしつつ、泊まれそう宿を探し始めた。空腹もあるが、
けれど、まずは宿の確保が優先だった。
この夜、町にはなにか祭りごとでもあったのか、通りにはひとでいっぱいだった。繁華街を歩いていると、多くの酒場が客でにぎわっていた。陽気にみんな酔っぱらっている。これらの大半の店は、朝までやっているだろうし、いっそ朝を突破して、昼近くまでやっている可能性もある。いや、けっきょく、店じまいしないまま、延々と開き続けている店だってある。
いや、酒場ではなく、宿屋を探さねば。
おおよそ、どこの町も、宿屋は宿屋で一か所に集中して建っているものである。
やがて、宿屋が連なっている一帯をみつけた。どこもまだ明かりがついている。
今夜は観光客も多そうだし、部屋はあいているか。
満室問題。
いや、それはまあ、些末な問題に過ぎない。
とある問題にくらべてば、それはまだ、いい。
そう、とある問題にくらべれば。
「お客さん、ですよね!」
そこへ声をかけられる。
振り返ると、水面に石を投げたときに出来る、水柱みたいな感じの髭を生やした男性だった。
「ちょっと見てってくださいよ! うちの宿の、自慢の馬小屋を!」
彼は闇夜を吹き飛ばさんばかりの勢いで、呼び込みをしかけてくる。
で、うちの宿の馬小屋。
で、うちの宿の部屋を見てではなく、うちの宿の馬小屋を見てゆけと。
馬小屋、を。
特殊な呼びかけである。
「どーかん、っとね、見てってくださいよ! さあ、これだ! これがうちの宿自慢の、立体馬小屋だ!」
いって、彼はどの建物を見せる。
そこには、背の高い建物が聳えていた。
「うちはね、木造三階建ての馬小屋なんですよ!」
彼はそれを、さも素晴らしい宿の売りという感じで発表してくる。
まあ、たしかに、旅に馬はつきものである。ゆえに、宿屋に馬小屋はつきものでもある。
けれど、おれは馬には乗っていないし、おれが探しているのは、二足歩行である人が宿泊可能な部屋である。
にもかかわらず、彼はおれへ向け躊躇なく言って来る。「すごいでしょ、うちの宿の立体馬小屋! 三階建ての馬小屋なんですよ! つまりですよ、これなら、一階建ての土地の面積で、たくさん馬を入れておけるんですよ! ひゃあ!」
だから、おれは馬に乗っていないよ。
まさか、彼には幻覚の馬でも見えるのか。
そうだとして、どう反応すべきか、相手をなるべく刺激しなうような方法は。と、考えているうちに、彼はさらに続けた。
「さあさあ、どうですか、うちは立体馬小屋つきの宿ですよ、泊まってゆきませんかぁ!」
率直、その立体馬小屋なるものが、おれの今夜の宿泊決定意志に決定打になることは、要素として微塵もなかった。なぜなら、やはり、馬には乗っていないから。
「で、こちら」と、彼は、いよいよ馬を連れて来た。ずっと、用意していたらしい。「これほら、まずこの入り口から馬を連れて入るでしょ、で、中が坂になってるんです、螺旋の坂がね。で、こうやって馬をひいてのぼることで、二階、三階にも部分にも馬をとめておけるんですよー、つまり、同じ土地だけでお客さんの馬を三倍、預けられるんです!」
彼の勢いは衰えること知らず、馬を建物内部に設置された坂への上らせようとする。
けれど、馬は抵抗した。ひどい抵抗だった。まったく坂をのぼろうとしない。馬はその持てる全身の筋肉を総動員し、めくれた唇から食いしばる白い歯を見せつつ、ふんばり、地面に蹄鉄を喰い込ませ、決して、二階へのぼろうとしない。
すごい嫌がり方だった。
それでも、宿屋の男は目的を果たそうと躍起になる。「こ、この立体馬小屋なら、こ、こ、こうして、に、二階に、二階にも馬が、ががが…」
純粋に彼が馬に嫌われているだけか、あるいは、馬があまりに変質な馬小屋に押し込められたくないだけかは、それはわからない。
そのときだった。「あなた! もうやめてえええ!」と、どこからか、女性が悲壮な声をあげながら現れた。
彼と、同じような年齢層の女性である。
なんだろう。
きっと、おれの困った展開にしか、ならないだろう。
「お、おまえ!」と、彼。
「もういいの! もうやめて!」と、彼女。「もう…、いいの、あなた…」
「し、しかし、この立体馬小屋は、お前の夢だろ!」
「ええ…」彼の言葉を受け、彼女はその場にへたり込み言った。「そう、この立体馬小屋に馬を入れるところをお客さんに見せることは、わたしの夢でした……」
「だろ、それが、いま、ようやく、こうして実を結ぼうとしているんだぞ、あと、ひといなんだぞ!」
と、彼は激しくいった。
で、その、この立体馬小屋に馬を入れるところをお客さんに見せるのが夢、という発言の、お客さんは、おれなのか。
「それにだ!」と、彼は続ける。「もう、この立体馬小屋は、おまえだけの夢じゃないんだ!」
だとしたら、きっと悪夢の属する夢である。
「俺とお前ぇ、そそそ、それからそれからぁ! この町の、みーんなのぉ夢なんじゃないかよぉぁ!」
だとしたら、ここは悪夢の町である。
「で、でも、あなた、そんな…」
そして、彼女は悲壮感のある表情とともに、言いたげな様子を含ませる。
ああ、これはきっと長引く。
で、おれの人生を少量ほど無駄使いされるだろう。
そこでおれは竜を払うときのように、気配を完全に殺し、無音のままその場をあとにした。
気づかれないまま現場から遠ざかり、おれはふたたび思った。
夜、遅く町へ着いたとき、こういうとき、とある問題に、よくぶつかりがちである。
もはや、確実に泊まったら駄目な宿とか、変質な仕組みを抱えた宿しか、部屋があいていない。
この問題に、よくぶつかりがちである。
そして、ちょっと、もはや、この問題に慣れてきているじぶんがいて、いまは少しかなしい。
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