はなかんむり

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 町の中を流れるその川は、海まで続いているらしい。

 町の住民に愛され、大事にされている川だという。そして、おれが偶然、昼間に立ち寄ったその日は、町の収穫を祝う祭りの日だった。そう大規模な祭りではない。

 なぜか、祭りを楽しむ多くの人が、その手に生花で編んだ花冠を持っていた。花の色も、それぞれ個性がある。

 そんな光景を眺めつつ、目に入った食堂へ入った。店内では酒盛りをする人々たちがいた。店の端の席へ腰を下ろし、食事を頼んだ。

 店の子どもだろうか。すぐちかくの席で、五、六歳くらいの女の子が花冠を編んでいた。ふたつ結びにした髪が、ふたつとも、少々、上へ反り気味になっている。

 おれの視線に気づいた彼女は編む手をとめ、まず、じっと見返し、それから、にか、っと笑った。

 歯が生えかけで、前歯がない。

 彼女はこちらへ顔を向けつづけると「ほこん、あんね、このはなかんむりはね」と、せんせいになり、おれへ教えてくれた。「きょうのね、よるね、川にみんなでながすの。ながして、そのまま、かんむりが、うみまでいけばね、そうするとね、おねがいがね、かなうのさ」

 いって、さも、うまく説明できたでしょ、みたいな得意顔をしてくる。

 ねがいが叶う由来についての説明は不在だが、彼女がたのしそうに、うれしそうに言ってくるので、ならそれでいい、と思いつつ「そうなんですね」と、なんとなく、敬語で返した。

 すると、彼女は、また、にか、っと笑った。それから「やっぱさ、じぶんだけじゃなくって、みんなのねがいがかなうと、いいってなぁ、って、おもうでしょ」と、ばくぜんと同意を求めて来る。

「そうだね」

 と、おれは返す。その間に料理が運ばれて来た。そのとき、料理を運んで来たのは彼女の母親なのか、やわらかい口調で「お客さんの食事の邪魔しちゃだめよ」と、いって連れていった。

 その際、手を振ってくれたので、こちらも手を振る。

 食事を終えると、彼女とその母親に一礼しつつ、酒盛りをかわして店を出た。そのまま町を出て、隣の町へ向かった。

 そこに現れた竜を払った。竜を空へ還す。

それから、道を引き返す。その頃には、もう夜になっていた。

 川のそばを通りかかる。他に誰もいなかった。

 すると、川の上流から無数のあわい光が運ばれて来た。月光の下、夜の川に小さな蝋燭の明かりをともした、たくさんの花冠が流れてくる。いくつだろうか、とても数えきれない。ひとつひとつが、すべて、ひとりひとりの願いが込めて編まれている、花冠だった。

 無意識のうちに立ち止まっていた。この光景をひとりだけで眺めているのは、もったいない気がしていた。

 その矢先、ふと、少し下流で、光の流れが停滞していることに気がついた。よく見ると、川のその部分に流木あり、枝がたまっていて、流れて来た花冠たちが、せき止められている。

 いかん、このままでは、多くの花冠が海までとどかない。

 おれは流木が溜まっている箇所へ向かった。そこには、大人が両手を回して一抱えできそうな太さの丸が岩にひっかかっていた。川に落ちないよう、また、停滞している花冠にふれなうようにしつつ、丸太へ手を伸ばし、持ち上げにかかる。

 重い。

 すごく、重い。

 この重さは、たとえば、巨大な熊の胴に紐でもつけてひっぱらないと、動かないくらいの重さの丸太だった。こんなものをまともに持ち上げたら、腰が砕け散る。二度と腰が再生しないくらい、砕け散る。

 とはいえ、このままでは、あの少女を含めた多く人々の願いを込めた花冠も海まで届かない。

 なにか方法は。

 花冠は次々に流れくる。そして、流木にとって、せき止められている。

花冠の光に包まれつつ、考えた末、おれは周囲を見回した。やがて、月明かりと、花冠に燈る明かりで、足元に咲く、小さな花たちを見つけた。それを摘み、その場で小さな花冠を編んだ。じつに、歪な出来の、指先に入るくらいの花冠を完成させると、それを川に浮かべ、海へ向かって流す。

「我に、力を」

 と、願い。

 それから、ふたたび、丸太を掴んで持ち上げにかかる。

 あ。

 どうやら、願いは本当に叶うらしい。

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