あやまちてん

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 少し前のことである。

 その狭い路地に入り、空腹をおぼえたとき、食堂らしい吊り下げ看板と、その下にあった扉をみつけた。

 ここで、いいかな。

 入店の決定は、そんな、かるい意識だった。手を伸ばし、扉をあけ、中へ入る。

 昼間なのに薄暗い。中の明かりは、弱い光の光源がふたつだけである。長細い店内に、対面式の客席があり、台の向こうに白髪をうしろに流して固めた、襟付き服を纏った店長らしき男性が立っていた。彼の左目には長く深い傷があり、右耳にも傷がある。まるで溶接されらかのように、口をかたそうに閉じて、粛々と布で硝子の椀を拭いている。

 おれが扉を閉めると、彼はじっくりとこちらを一瞥した。

 長細い店内、他に客はいなかった。店主との対面席は、すべて空席である。

 はじめての店である、彼の正面は避けよう。けれど、端っこだと、なにか独特の印象を持たれる可能性がある。この店には、いま、彼と、おれしかいないのだし、彼と、うまくやっていきたい。

 などと、短い時間の間に彼のことばかり想いつつ、おれは、背負っていた剣を外しつつ、端から二番目の席へ座った。

 そして、待つことおよそ十秒、彼が、拭いていた硝子の椀を置き、こちらへ近づいて来る。

 それから無言で封筒をおれの前へ差し出す。

 そう、封筒。

 なんだろう、この封筒は。

 こういうの、あれだな、たとえば、小説とかで、なにか邪悪な依頼内容が書かれており、こういうわけあり店主みたいな人間が営む薄暗い店とかで、渡す場面っぽい。

 まあ、そんなことないか。つい、妄想がはかどってしまった。

 なにか食べて、落ち着こう。

 きっと、この店で出せる料理一覧だろう。さあ、なにを食べよう、頼もうか。そうだ、麺料理とかあるかな。

 ああ、腹へったぜ。

 おれは封筒を手に取り、中を見る。書類が一枚入っていた。

 そこには標的となる人物の情報が、似顔をつきで、びっしり書かれていた。そして、しとめろ、的な文面でしめくくられている。

 おれは書類を封筒の中へ戻す。

 しまった、本物だ。ここ、本物の店だぜ。

 彼は、おれのことを誰かと勘違いしている。

 なるほど。

 そうきたか。

 おれは静かに席を立ち、店を出た。

 彼は寡黙におれを見送る。おれもまた寡黙であった。

 そして、それっきりである。むろん、おれは書面に書かれた標的を仕留めたりしていない。あの日の来店は、この人生から、なかったことにした。

 彼はおれを誰かとまちがえたし、おれも入る店をまちがえた。

 あれは、お互いのあやまちである。

 引き分け、そう、引き分けなのさ。と、内部処理して、その後の人生を歩んだ。

「―――それが貴方に、賞金首がかかった理由です」

 と、目の前の男はいった。

 後日のことである。彼の名はサマー、銀髪の二十歳前後くらいの男だった。

 彼はおれの首にかかった賞金を狙っている。ただ、いまのところは、まだ、おれの首はまったく狩るつもりはないらしい、微塵の殺気もなかった。

 おれからすると、そんな、かなり奇怪な距離感の相手である。

 で、サマーはおれへ教えてくれた。

「書類を受け取ったのに依頼を引き受けた完了しなかったので、向こうの関係者が激高し、その報復で賞金首になったそうですよ、あなたは」

 彼に、昼ごはんをおごったら教えてくれた。

 かなりあやしい内容の話ではある。そんなことあるのか。いや、けれど、たしかに、あの日のあやまちの記憶はある。いや、サマーの話しが本物かどうかはわからない。なにせ、彼はおれを狙っている相手だし、その信用さは複雑である。

 ちなみに食事する店はサマーが決めた。

 やりきれないことに、誤ることなく、美味い料理の店だった。

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