はごたえまち

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 食料の調達のため、旅先でその町に立ち寄った。

「そこにお兄さん」

 すると、町に入ってすぐ、ひょろりと細長い、四十代くらいの男に呼び止められた。

 そこは町の入り口付近で、最初に出会った町の人間だった。

 男は見あげるほど背が高く、口回りには整えられた髭をはやしている。けれど、髭はさほど似合っていない。

 男の横には馬がいた。大きな馬で男はその手綱を片手にしていた。栗毛の馬だった。

「みたところ、旅をしている人だね」

 見抜かれた。とはいえ、こちらの装いから、それを当てるのはたやすい。それに、この土地の者には見えないのはたしかだった。

「どうだい、旅の移動のために、この馬を買わないか」男はそう提案してきた。「この馬は、おだやかで、乗りやすい。人間が好きな馬なんだ」

 意気揚々と馬をすすめてくる。

 ただ、男はずっと、そのすすめて来ている栗毛の馬に、頭部を噛まれている。

「どうだい、この馬を買わないかい」

 頭を噛まれたまま、けれど、まるで噛まれていないようにすすめてくる。

 そこで「全速力で病院へ向かった方がいいと思うのですが」と、助言をしてみたが、男は、はっはっはあ、と笑って返すだけだった。

「この馬はねえ、優しい優しい馬なんですよぉ、お兄さん」

「あの」もしかして、気づいていないのか、そこで教えてみる。「噛まれてますよ、頭蓋を」

「はは、馬はねえ、人を、見るんですよ」教えてくれるように丁寧に言う。「優しい人にはねえ、あれ、とかしませんよー、決してねえ」

「あれ、っていうのは、それのことでは」視線で噛まれているところを示す。馬は噛んだまま、外そうとしない。「皹とか入るんじゃないですか、そのままだと、そのうち、割れて出ますよ、そのうち、どろっとしたのが。大事な思い出とかも、どろっと出ていきますよ」

「いやあー、そりゃあねえ、人間と馬との関係に皹が入ることだってありますよ、お兄さん」

「いま、すごい勢いで貴方と無関係でいたくなってます」

「ん、どうしたんですか」

「そっちこそ総合的に、どうしたんだ。どうやって、そんな感じで今日まで生きてこれたんだ」

 自由に言い返しておく。

 それはそれとして、現実的は話、竜払いと馬の相性は悪い。

 この世界に竜と生命に慣れる生命は、いない。慣れるのは不可能だった。本能の、どうにもならない部分が、竜への畏怖を克服させない。

 人間ぐらいだった、勘違いや感覚の麻痺で、竜に近づけるのは。慣れているように見える生き物は。けれど、まず、馬は無理だった。竜に慣れさせることはできない。

 竜払いは竜のそばにいつもいる。馬と旅は難しい。

「さあ思い切りましょうよ、お兄さん、うちの馬を、ね!」

 と、男は何事にも屈せず、すすめてくる。馬の方は、真空を見るような目をしていた。

 馬よ、きみ、その男を仕留める気か。

 心のなかで問いかけたときだった。

「馬なんていらないよ!」

 どこからともなく、小柄な女性が現れた。歳は馬に噛まれている男とそう変わらない。

「やあ、お兄さん! 馬より、犬だよ、旅のお供はやっぱり、犬がいいよ!」

 女性は足元の黒い犬を指し示し、すすめてくる。

 その黒い犬は、女性の右足を噛んでいた。そして、離す気配がない。

「この犬種はね、かなり人懐っこい犬だよ! 誰にだって、すぐ懐いて、ともだちになれる犬さ!」

 犬歯が彼女の右足に食い込んでいる。そこで「足、不要なんですか」と、問いかける。

けれど、彼女は聞いていない。「さあ、馬なんて、どうでもいいだろ、うちの犬にしときなよ!」

 ぐい、っとすすめてくる。

「な、なんだおまえ、商売の邪魔するな!」

 とたん、細長い男が怒って前へ出る。馬も頭を噛みながら、前進した。馬の微調整を感じざるを得ない、どうしても噛んでいたいらしい。

「なんだとぉ!」

 すると、女性も怒鳴って前へ出た。犬も足から口を離さない。

 そのときだった。

「こらこらこらぁー!」

 声をともに、頭髪のない初老の男が割って入っている。右肩には青い文鳥らしき小鳥を乗せている。

 その鳥は、初老の男の右耳を嘴で掴んでいた。

 きっと、千切れるまで、まもなくだろう。

「なんだなんだ、お前たち、この騒ぎは!」

「あ、町長」

 男が慌て出す。そして、馬は噛み続ける。

 現れた老人へ視線を向ける。つまり、この初老の御仁が、この町の責任者らしい。彼もまた、人間以外にかみつかれている。だとしたら、この御仁の責任はすさまじいのではないか。

「いいか、おまえたち」御仁は耳をちぎられんばかりにしながら語りだす。「この町

は、愛と勇気、金融緩和、優しさ、適度な運動、自由をもっとうに、やってるんだぞ!」

「統一のないもっとうだな」 

 無意識うちに言い放ってしまう。幸い、御仁は聞いていない。

 とりあえず、御仁の語りが始まると同時に、おれは食料の調達を断念し、さっき通ったばかりの町の入り口から、町の外へ出た。

 歯ごたえのある町だったと、いえなくもない。

 

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